第31話 懐かしき記憶
まだ物心がついたばかりの頃。母に連れられて訪れた王城で、一人逸れてしまった時。
木から降りられなくなっていた仔猫を見つけた。
だから、助けようと思って木に登った。仔猫に登れるのなら、自分にも登れるだろう、と。
実際、登ることはできたのだ。
でも、自分も降りられなくなって泣いてしまった。
誰かに助けを求めようにも、なかなか近くを通りすがる人がいない。通りすがっても、夏蓮たちの声に気づかずに足早に通り過ぎていってしまう。
『わたし、このままおりれないの……?』
ずっと木の上で、ご飯も食べられずに死んでしまうのだろうか。
そんなことさえ思い始めた時だった
『お前、そんなところで何をしているんだ?』
『っぇ……?』
不意に、下から声をかけられた。
高さを堪えて顔を下げて見ると、眼下には自分と同じか、少し上くらいの少年がいる。
『仔猫、降りられなくなっていたの……』
『それで、お前も降りられなくなったのか』
八の字に眉を下げて答えた夏蓮に、少年は呆れたように溜息を吐く。
どうしたものか、と思案を始めた彼に、夏蓮は「そうだ」と提案する。
『ねえ、
『はぁ?』
『わたしは無理でも、仔猫なら受け止められるでしょう? だから、仔猫を助けてあげて』
ね、お願い。
重ねて頼む夏蓮に、少年は何とも言えない顔をしながら、不承不承に頷いた。
木の枝には届かない手を、背伸びもして精一杯上に伸ばす。夏蓮も、枝から落ちないように細心の注意を払いながら、できる限り仔猫を下へ降ろした。
『いーい? 離すよ?』
『ああ、来いっ』
少年の声を合図に、祈りながら夏蓮が手を離す。
仔猫は少しの間足場をなくしたが、すぐに少年の腕の中に収まった。地面に下されると、一目散に逃げていく。
あっという間に見えなくなった小さな影に、夏蓮は気が抜けるように木の枝にしな垂れかかった。
『……それで?』
『うん?』
『お前はどうするんだ』
『あ』
忘れてた、と言わんばかりの顔に、また少年の溜息が響く。
あはは、と誤魔化すように笑うと、じっとりとした目が向けられた。
『仔猫よりも、まずは自分のことを心配しろ』
『…………』
しょんぼりと表情を曇らせた夏蓮に、少年はまた溜息を吐く。そして、徐に木に手をかけた。
木登りに慣れていないのだろう、時折枝に服を引っ掛けて、穴を開けたり破ったりしていく。
それでも少年は登ることをやめず、やがて夏蓮のいる枝まで登ってきた。
『服、ぼろぼろになっちゃった……』
『このくらい、別にいい』
『なんで登ってきたの?』
『私はお前を受け止めてやれないが、傍にはいてやれるからな』
夏蓮は数度瞬いた。
『っわ!?』
『っありがと!』
『礼より、周りをもっと見ろ! 落ちたらどうするんだ!』
怪我では済まない、と危険を訴える少年に、それでも夏蓮は嬉しかった。
『わたし、夏蓮。円夏蓮っていうの。ねえ、あなたのお名前は?』
ぎゅうっと抱きついてくる夏蓮に、何を言っても無駄だろうと諦めた少年は、少し悩んでから名を告げた。
『……清翔。私は清翔だ』
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