第76話 詐欺師


「さて。弁明を聞きましょうか」


 落ち着きを取り戻した天王寺さんは、真っ直ぐ俺を睨んで言った。

 道場の中心。正座して向かい合う俺たちの間には、張り詰めた空気が立ち込めている。


「実は――」


 俺は、自分の境遇について正直に説明した。

 自分が中堅企業の跡取り息子などではないこと。普段は此花家で使用人として働いていること。その全てを説明する。


「成る程……成る程、成る程、成る程……」


 説明を聞いた天王寺さんは、頻りに首を縦に振った。


「貴方は実は、会社の跡取り息子ではなく貧乏一家の長男であり、今は此花雛子の側付きとして働いており、その一環として貴皇学院の生徒にもなったと。……俄には信じがたいですが、辻褄は合いますわね」


 天王寺さんは納得した様子を見せた。

 そして、じっとりとした目で俺を見据え、


「詐欺師」


 短く告げる。


「貴方は詐欺師ですわ」


「……仰る通りだと思います」


 ぐうの音も出ない。俺は頭を下げた。


「……その話し方」


「え?」


「その話し方も、演技ではありませんの? わたくしの竹刀を止めた時、口調が変わったような気がしましたが」


「……まあ」


 演技というほど大層なものではないが、確かに普段の口調は違う。

 別に貴皇学院の生徒だからといって、全員が敬語を使う必要はない。現にクラスメイトの大正や旭さんは、誰に対してもフランクな口調で接していた。


「元の口調に戻しなさい」


「……しかし」


「戻しなさいと言っているのです」


 有無を言わせぬ迫力だった。

 どのみち、こうなってしまった以上、繕っても無駄だろう。


「……分かった」


 観念して元の口調に戻すと、天王寺さんは目を丸くした。


「本当は……そのような口調だったのですね」


 神妙な面持ちでそう告げた後、天王寺さんは再び鋭い目で俺を見た。


「誓いなさい。貴方は今後、わたくしの前では嘘をつかないこと。言葉だけでなく、態度もです」


 天王寺さんは続けて言う。


「その誓いさえ守るなら、今まで通りの関係を約束いたしますわ」


「……いい、のか? 今までと同じで」


「言った筈です。わたくしは、人を見る目には自信があります。……貴方は結局、自分のためというより、此花家の意向を尊重して嘘を貫こうとしたのですから、それを安易に否定することはできませんわ」


 こんな状況になっても、天王寺さんは徹頭徹尾、人格者だった。

 実際、天王寺さんも他人が不利になるような言動はしないだろう。状況に応じて、言うべきことと言わない方がいいことを区別する筈だ。


「ですがこれからは、嘘をつくのではなく、言えないことは言えないと仰ってください」


「……分かった。もう、天王寺さんの前では嘘をつかない」


 俺がそう告げると、天王寺さんはふと何かを思いついたような顔をした。


「呼び方も、変えましょうか。……二人きりの時は、わたくしのことを美麗と呼びなさい」


「え?」


「わたくしも貴方を伊月さんとお呼びしますわ。……それを、素の貴方と話す時の合図にしましょう」


 成る程、それは便利かもしれない。

 周りの目がある時はいつも通りの呼び方にして、互いに気を抜いていい時は呼び方を変えるのだ。……奇しくも、俺と雛子は既にそのような関係となっているため、違和感はない。


「じゃあ……美麗」


 試しに天王寺さんのことを名前で呼んでみる。

 すると、天王寺さんの顔はみるみる赤く染まり、


「……やっぱり、なしにしましょう」


「え」


「れ、冷静ではいられないと思いますので。貴方は今まで通りの呼び方でいいですわ。……わたくしは、貴方のことを伊月さんと呼ばせていただきます」


 金色の髪を指先で弄り、視線を逸らしながら天王寺さんは言った。


「とにかく、今日限りで嘘をつくことはなしですわ。公平な関係であるためにも、わたくしも貴方に嘘をつかないことにします。……貴方も、わたくしに訊きたいことがあれば何でも訊いてくださいまし」


「何でもと言われても……」


 いざそう訊かれても、簡単に疑問は出てこない。

 そう思っていたが、天王寺さんに関しては予てより一点だけ気になっていることがあった。しかしそれは……今、するべき質問ではないだろうと判断する。


「……別に訊きたいことはないな」


「今、目が泳ぎましたわね」


 一瞬の逡巡を、天王寺さんは見逃さなかった。


「どうして今更、遠慮するんですの」


「いや……やっぱり、そこまで気にならないというか……」


「嘘はなしと言った筈ですわ。気になっていることがあるなら、何でも言ってくださいまし」


「……じゃあ」


 本人がそこまで言うのだから、俺も正直に尋ねよう。


「その髪って……染めてるよな?」


「――っ」


 疑問を口にすると、天王寺さんの口から「ひゅっ」と変な吐息が零れた。


「な、な、な、なんて空気が読めない質問を……っ!!」


「……いや、だいぶ前から気になっていたので」


「ま、まさか、こんなに早く自分で自分の首を締める羽目になるとは……やはり、貴方は詐欺師……!!」


 これに関しては俺のせいではないと思う。


「……て、ますわ」


「え?」


「染めてますわ! 何か文句でもありまして!?」


 天王寺さんは顔を真っ赤にして言った。

 文句があるわけではないので、俺は首を横に振る。すると天王寺さんも落ち着きを取り戻したのか、顔の紅潮が薄れていった。


「……天王寺家の長女に相応しい見た目になりたいと思い、幼い頃から髪を金色に染めていますの。……口調も同様ですわ」


「あぁ……やっぱり、その口調も意図していたのか」


「当たり前ですわ。……そして最早、後に退けなくなってしまいましたの」


 天王寺さんは複雑な顔で言う。

 確かに、普段の天王寺さんをしっている身としては、黒髪かつ普通の口調である天王寺さんはイメージしにくいかもしれない。何か悪いものでも食べたのかと心配してしまう。


「……もうひとつだけ、訊かせてくれ」


 俺はもうひとつ、訊かなくてはならないことがあると気づいた。


「俺が此花家で世話になっていることを知っている人は、天王寺さんの他にいるのか?」


「いいえ、わたくしだけですわ。調査も全て個人的に依頼したものですの。……最初に貴方のことを疑ったのは母ですが、母にはわたくしの方で誤魔化しておきますわ」


「……そうか」


 ありがとう、と俺は言おうとしたが……つい、口を噤む。


「どうかしましたの?」


「いや……よく考えれば、正体がバレてしまった以上、俺はもうこの学院にはいられないかもなと思って」


「……っ」


 この件を、雛子や静音さんに黙っているという選択肢はない。

 俺は天王寺さんを信じた。そして今も確信している。彼女は今回の件で知った情報を、決して誰にも吹聴しないだろう。


 だが……きっと華厳さんは、許さない。

 そんなふうに考えていると、天王寺さんが悲しそうな顔をしていることに気づいた。


「……申し訳ございません。そこまで、頭が回っていませんでしたわ」


「いや、天王寺さんのせいじゃない」


 天王寺さんが誤解しているので、俺はすぐに訂正した。

 この件に関して、天王寺さんに責任は一切ない。何故なら――。


「……俺が、これ以上、天王寺さんに嘘をつきたくないと思ったんだ」


 今、自分が、上手く笑えているのか自信がない。

 鬼が出るか蛇が出るか。全ての結果が出るのは、今日、屋敷に帰った後だ。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


こちらの作品の更新を再開いたしました!

よろしければ是非、お楽しみください!


《攻撃範囲特化》の剣士 ~500年に1度の、現実と異世界が交差するバトルロイヤルに巻き込まれましたが、どうやら俺は最強の力を引き当てたらしい~


https://kakuyomu.jp/works/1177354054922786946



あらすじ


『Wonderful Joker』――それは500年に1度開催される、新たな神を決める戦い。


 ある日。神の意思によって300人の地球人が、『Wonderful Joker』のプレイヤーに選ばれた。


 プレイヤーには、武器化する相棒天使が与えられ、更に優勝者はどんな願いでも叶えられると約束される。


 高校二年生のセツヤは、行方不明の妹を探すためにゲームへ参加する。

 与えられたのは、"空"属性を司るという少女型天使ルゥ。彼女はあらゆる天使の中でも、攻撃範囲に特化した最強の武器だった。


 プレイヤーたちは、戦いの舞台となるゲームっぽい異世界を自由に出入りできる。

 異世界を存分に楽しむのもよし、原住民(NPC)と絆を育むのもよし。


 ただし――最後まで生き残ることができるプレイヤーは、ただ一人。


 これは凡庸だった少年が、最強の相棒と共に、異世界で波乱を巻き起こす冒険譚。

 そして、たった一人の家族を救うために、誰よりも強くなる英雄譚。


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