第74話 果たし状の意図
多分、それまではいつも通りの日常だった。
授業は真面目に受け、昼休みは雛子と一緒に弁当を食べ、そして放課後になったら天王寺さんと一緒に勉強会をする。
その途中。
放課後、下足箱で靴を履き替えようとしたところで、俺は普段見ないものを目にした。
ロッカーの中に入っている、一枚の封筒。
白色のその手紙を見て、俺は反射的にロッカーを閉める。
「嘘だろ……?」
ラブレターだ。
……ラブレターだ!!
いやいや……そんな馬鹿な。
貴皇学院の生徒たちが、まさか俺のような男に惚れるだろうか?
確かに、お世話係として身だしなみには気遣っているが、貴皇学院の生徒たちは美男美女が多い。容姿で俺が選ばれることはない筈だ。
俺の社会的地位も、表向きは中堅会社の跡取り息子。普通の高校なら憧れの的かもしれないが、貴皇学院には大企業の社長候補がゴロゴロといる。やはり、敢えて俺を選ぶ理由が分からない。
「ど、どうしよう、静音さんに……」
頭が混乱し、すぐにでも誰かに相談したかった。
これが普通の高校なら真っ先に悪戯の可能性を疑うが、この学院にそのようなことをする生徒はきっといない。
深呼吸して、もう一度、ロッカーを開く。
恐る恐る封筒を手に取ってみると――。
――果たし状。
その表面には、想定外の文字が書かれていた。
「……はい?」
思わず一分ほど硬直した俺は、ゆっくりと頭を回転させた。
これは……悪戯だろうか。少なくともラブレターの線は消えた。嬉しいような、悲しいような……いや、元々期待はしていなかったから、何も問題はない。そういうことにしておこう。
果たし状を開くと、そこには集合時間と集合場所が記されていた。
時候の挨拶も何もない。放課後、道場にて――とだけ記されている。
「……ん?」
達筆で記されたその文字を見て、俺は首を傾げる。
「これ……天王寺さんの字だよな?」
一緒に勉強会をしていたため、天王寺さんの字は覚えていた。
書道家が気合を入れて書いたかのようなその達筆は、気が強い天王寺さんらしいものだ。
取り敢えず、案内通り道場へ向かう。
貴皇学院には体育館の隣に道場があった。俺はその扉を開けて、中に入る。
道場の中心では、袴を身に纏った天王寺さんが正座していた。
「来ましたわね」
ゆっくりと瞼を開いて、天王寺さんが言う。
「あの、天王寺さん。果たし状って、どういう意味……」
「まずは更衣室で道着に着替えてくださいまし」
その言葉から有無を言わせぬ迫力を感じた俺は、不思議に思いつつも指示に従う。
男子更衣室には一着の剣道着があった。此花家で護身術を学んでいるため、道着の着方は分かる。
着替えた後、更衣室を出ようとしたら、扉の脇に一本の竹刀があることに気づいた。これも持っていった方がいいのだろうか。天王寺さんの意図が分からず、首を傾げながら俺は竹刀を手に取る。
「天王寺さん。言われた通り着替えてきましたが、これは一体――」
「――西成さん」
正座の状態から立ち上がった天王寺さんは、袴の内側に手を入れる。
「これは何ですの?」
天王寺さんが取り出したのは三枚の写真だった。
手渡された俺は、そこに映るものを見て――目を見開く。
「こ、れは……っ!?」
それは今朝、俺が雛子と一緒に此花家の屋敷を出た時の写真だった。
ご丁寧に三つのアングルから撮影されており、そこに映る人物が、紛れもなく俺と雛子であることを示している。
「今朝、わたくしの部下に撮影させました。……まるで此花雛子と、同じ場所に住んでいるかのような様子ですね」
静音さんが「曲者!」と叫んでいたことを思い出す。
あの時は、気のせいということで一件落着していたが……どうやら本当に曲者がいたらしい。
「それは、その……家族の付き合いで、此花家に用がありまして……」
「……では質問を変えましょう。今日の昼休み、貴方は何処で誰と過ごしていましたか?」
その問いに、今度こそ俺は沈黙した。
今朝の時点で疑惑は決定的なものとなった。だから天王寺さんは今日、ずっと俺と雛子を観察していたのだろう。周囲の人影には警戒していたつもりだが……相手は此花家に並ぶ名家、天王寺家だ。一度疑われてしまうとい、簡単には誤魔化せない。
「その沈黙は、肯定と受け取りますわ」
天王寺さんが視線を下げて言う。
「つまり、貴方は――わたくしを裏切っていたのですね?」
天王寺さんが眦鋭く俺を睨んで言う。
「裏切るって、そういう、つもりでは……」
「構えなさい」
天王寺さんは竹刀の先を俺に向けて告げた。
「貴方のその、ねじ曲がった心を――叩きのめしてさしあげますわッ!!」
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