第72話 西成さんと比較して


 その日、美麗は縁談の相手と顔合わせをした。

 場所は美麗が今住んでいる、天王寺家の屋敷だ。この屋敷を初めて訪れた者は大抵萎縮するが、先方にその様子は見られなかった。


 上流階級らしい振る舞いに、品性と教養に富んだ言動。成る程、父と母が用意した縁談相手なだけはあると美麗は納得する。


 しかし、それでも……美麗の心は晴れなかった。


「では、本日はそろそろお開きということで」


 美麗の母、花美が食事会の終了を告げる。

 縁談相手とその母親は、最後にもう一度だけ丁寧に挨拶をしてから屋敷を去った。


「美麗、お疲れ様~」


「ええ……お疲れ様ですわ」


 母は、食事会の後片付けについてメイドたちに指示を出した後、美麗に声を掛けてきた。


「縁談の相手はどうだった~? 見たところ話は弾んでいたようだけど~?」


「そうですわね。知的で、いい方だと思いますわ」


 美麗は、食事会で対面に座っていた男性のことを思い出して語る。


「身だしなみも気を遣っていましたし、マナーもしっかり身についていました。……伊達に大企業の跡取り息子ではありませんわね。流石はお父様とお母様が選んだ相手ですわ」


「それはもう、美麗には幸せになって欲しいと思っているからね~」


 母は柔和な笑みを浮かべて言った。


「ですが……あの方はとても常識的と言いますか、上品で信頼できると言いますか……」


「あら、それの何がいけないの~?」


「いけない、というわけではありませんが……こう、何もかもが完璧ですと、わたくしが何かを教える必要がありませんし、わたくしが心配するようなこともきっとしないでしょうし……」


「……それの何がいけないの~?」


 母は困惑していた。

 美麗自身も困惑していた。

 自分は何を言っているのだろうか。複雑な表情を浮かべる。


「ちなみに、今回の相手だけど~……西成さんと比べると、どう思ったのかしら~?」


「な、なんでそこで、西成さんの名前が出るんですの?」


「あら~? 別に気になっただけで、他意はないわよ~?」


 他意しかない態度だった。

 困った母だ、と美麗は嘆息する。


「流石に、大企業の跡取り息子と比べると天と地の差がありますわ。西成さんは、まだ拙いところが多々ありますし……わたくしが教えなければならないことも山積みで、こういう会食の場に同席でもすれば、つい色々と心配してしまいますわね」


「あらあら、理想通りね~」


 母が何かを言っているが、よく分からないので無視することにした。


「そう言えば、今まで聞いたことがなかったけど……西成さんのご実家は、何をしているところなのかしら?」


「確か此花グループの傘下にある、IT企業とのことでしたわ。……会社の名前はまだ聞いていませんわね」


 そう言えば、伊月とはその手の話題になったことがない。

 普通、貴皇学院の生徒同士だと、一週間もすればこういう話題が出てくる。勿論、それで格付けをするためではなく、純粋な興味からくるものだ。


(西成さんの場合……それだけ、興味深いことが多いということですわね)


 良い意味でも悪い意味でも、伊月は家柄の話をする暇がないくらい、他の話題が尽きない相手だ。それは美麗にとっては新鮮で、どこか心地よいものだった。


「IT企業だったのねぇ。でも、跡取りにしては、いい意味で庶民的というか……気さくな方よね~」


 母が頬に手を添えて言う。

 中堅企業とはいえ、伊月も跡取り息子だ。それにしては確かに庶民的と言わざるを得ない。


 美麗はその理由を知っている。

 他言無用にするべきとは分かっているが……母は伊月のことを随分と気に入っているようだ。それなら、きっと悪いことにはならないだろうと思い、美麗の口が軽くなった。


「……ここだけの話、彼はわたくしと同じ養子ですの。ですから、庶民的なのも無理ありませんわ」


 母はきっと理解を示すだろう。なにせ美麗自身も養子だ。

 そう思ったが、何故か母はいつもよりほんの少しだけ真剣な面持ちとなり、


「ねえ、美麗。それってつまり……跡取り息子が欲しかったから、西成さんを養子にしたということよね~?」


「ええ……その筈ですわ」


 意図が掴めない質問に、美麗は不思議に思いながらも答える。


「変ねぇ~? 此花グループのIT企業で、跡取りに困っているところがあるなんて、聞いたことないのだけれど~……」


「……え?」

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