第62話 お泊まり歓迎お嬢様


「泊まるって……い、いいんですか?」


「ええ。この天気の中、お客様を外に出す方が失礼ですわ」


 天王寺さんが当然のように言う。

 その考えは分からなくもない。分からなくもないが……。


「……すみません、一度相談してみます」


 そう言って俺は席を立ち、静音さんに電話した。

 

『はい。どうされましたか?』


 すぐに静音さんが電話に出る。


「実は――」


 俺は、天王寺さんに宿泊することを勧められている旨を説明した。


『なるほど。まあ、この雨ですからね。こちらもある程度は予想していました』


 当初の予定では、勉強会が終えると静音さんが迎えに来てくれる筈だった。しかし天王寺さんは、この雨の中で車を走らせるのは申し訳ないと思ったのだろう。


『幸い明日は休日ですし、スケジュール的には問題ありません。しかし、そうなるとお嬢様が……』


 静音さんが言葉を濁す。


「雛子が、どうかしましたか?」


『………………物凄く拗ねることが、想像に難くないので』


 そう言えば今日の昼休みも、雛子はどこか不安気な様子で「泊まるの?」と訊いていた。緊急時のやむを得ない措置とは言え、今日中に帰ると約束していたにも拘らずそれを破るのだから、罪悪感を抱く。


「あの、これで雛子の機嫌が直るかどうかは分かりませんが……」


 前置きして、静音さんに提案する。


「実はですね。今日、天王寺さんの父親……雅継さんに、テーブルマナーのお墨付きを貰いまして。なので、明日は予定通りに手配していただけると……」


『……分かりました。準備しておきます』


 ちょっとした打ち合わせを済ませる。

 静音さんは報連相が効率的でありがたい。


『とにかく、宿泊については問題ありません。粗相がないようにお願いいたします』


「はい」


 そう言って、俺は静音さんとの通話を切った。

 それから、再び天王寺さんたちが待つ食卓の方に向かう。


「お待たせしました。大丈夫みたいですので、本日はお世話になります」


「うむ! では早速、客室を用意しよう!」


 雅継さんが楽しそうに言うと、傍にいた使用人が素早く何処かへ移動した。恐らく俺の客室を準備しに行ったのだろう。


「私はこれから仕事がある。西成君は好きに寛いでくれたまえ」


「はい。ありがとうございます」


 席を立つ雅継さんに、俺はできるだけ誠意を込めて礼を伝えた。

 今日は貴重な経験ができた。先程、雅継さんから受けたアドバイスも、しっかり今後に活かそうと思う。


「では西成さん、客室へ案内いたしますわ」


 天王寺さんに客室まで案内される。

 流石は天王寺家と言うべきか。フロントだけでなく、客室へ繋がる通路までもが豪奢な雰囲気だ。


「こちらが西成さんの部屋になりますわ」


 天王寺さんが部屋のドアを開ける。

 ドアの先には、テレビやソファが置いている十二畳ほどの一室が広がっていた。これだけでも十分、持て余してしまうほどの広さだが、どうやら奥に寝室専用の部屋まで用意されているらしい。


「広い、ですね……」


「そうですの? このくらい普通だと思いますが」


 天王寺さんは不思議そうに言う。

 冷静に考えれば、俺は此花家で過ごしているとは言え、使用人向けの部屋を使っているのだ。きっと此花家も客室となれば、このくらい広いのだろう。


「それと、あちらのクローゼットに着替えが入っていますから、大浴場をご利用の際はお忘れなく」


「大浴場って……え、俺が使ってもいいんですか?」


「当然ですわ。というか是非、使ってくださいまし。当家自慢のお風呂ですのよ」


 天王寺さんが胸を張って言う。

 そこまで言うなら、使わせてもらおう。


「では、わたくしはお風呂に入ってきます。何かあれば辺りにいる使用人にご連絡をどうぞ」


「分かりました」


 天王寺さんが部屋を出て行く。

 扉が閉められると同時に、ふぅ、と小さく息を零した。


「……色々と、想定外が多い一日だな」


 一応、異性の家にお泊まりということになるが……家の規模が大きすぎるので、あまりそのような実感はない。勿論、違う意味では緊張するが。


「まあ、でも、得るものはあったか」


 雅継さんから身になる話を聞くことができたのは大きい。

 それに、今後も雛子のお世話係として働くことを考えると、いずれは今回のように他人の家に招待されることもあるだろう。これはその予行演習に成り得る。


「……俺も、風呂に入るか」


 少し気分を落ち着かせたい。

 天王寺さんが自慢していた風呂で、のんびり過ごすことにしよう。

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