第60話 お招きお嬢様
天王寺家への訪問について、雛子から許可を貰った俺は、すぐに静音さんからも許可を貰った。
放課後。俺は天王寺さんと一緒の車に乗り、彼女が普段から生活しているという屋敷に向かう。
「ここが、天王寺さんの家……」
天王寺さんも雛子と同じく、普段は別邸で過ごしているらしいので、俺は本邸ではなく別邸の方に案内された。しかし雛子の時も思ったが、別邸とは思えないほどの大きな屋敷である。
しかし外観は此花家と比べると大分違う。
一言で言えば派手だ。大きな門の向こう側には壮麗な庭園が広がっており、植えられた色取り取りの花は遠目から見ても美しく感じた。道行く人々は、きっとこの光景を見て思わず足を止めてしまうだろう。屋敷を囲む門と壁にも精緻な装飾が施されており、まるでひとつの芸術を眺めているかのような気分に浸れた。
「此花家と比べると、随分と派手というか、華やかというか……」
思わず、そんな呟きが唇から漏れた。
「此花さんの家を知っているのですか?」
「あ、いえ、その……親の都合で、何回か挨拶に行ったことがあるんですよ」
「なるほど、そうだったのですね」
うっかり口が滑りそうになった。
実際は、挨拶どころか毎日そこで暮らしている。だがそれを悟られてはいけない。
門が開き、複数の使用人たちに囲まれながら俺たちは屋敷へ向かう。
幅の広い道には塵一つ落ちていない。手入れが行き届いていた。
「華やかに、堂々と。それが天王寺家の方針ですわ。たとえ別邸でもその理念は変わりません。……この庭園も、ちゃんと門の外から見ても美しく感じるよう計算されていますのよ?」
「……確かに、美しいと思いました」
そう告げると、天王寺さんは嬉しそうに微笑んだ。
屋敷の中に入る。予想はしていたが内装もかなり華やかだった。高級感ある赤い絨毯と、金色や銀色の装飾がそこかしこに見える。しかしいずれも過度に自己主張はしておらず、光の照り返しや配置が計算されており、あくまで背景として存在していた。
まるで映画のセットを見ているかのようだ。
「おお美麗! 帰ってきたか!」
その時、二階から男性の声がした。
「あら、お父様。ただいま戻りましたわ」
天王寺さんがそう告げたので、俺はすぐに姿勢を正した。
白い螺旋階段から一人の男性が下りてくる。オールバックの髪型に、ダンディズムのある顎髭が特徴的な男だ。体格も大きく、力強い印象を受けた。
こちらに近づいてくるその人物を見て、俺は急に緊張する。
「て、天王寺さんの……父親、ですか?」
「ええ。わたくしが本日、西成さんを家に招くと伝えたら、是非会いたいと仰っていたので」
心の準備ができていなかった。急いで落ち着きを取り戻す。
目の前までやって来た天王寺さんの父親に対し、俺は深々と頭を下げた。
「は、はじめまして、西成伊月と申します。天王寺さんにはいつも学院で世話になっています」
「うむ。私は
その口調から親しみを感じて、少しだけ緊張が弛緩した。
「お父様。本日は親睦を深めるためではなく、勉強会をするためにお越しいただいたのですよ」
「おお、そうだったな! では存分に勉強してくれ!」
雅継さんは明るい笑みを浮かべて言った。
しかし次の瞬間には、その目がスッと細められ、耳打ちされる。
「時に西成君。娘とはどういう関係かね?」
「え? えっと、同じ学院の生徒ですが……」
「本当にそれだけかね? 何か怪しい関係だったりしないかね? こう、男女の関係というか――」
「――お父様!」
天王寺さんが鋭い声を発する。
「まったく。……わたくしたちは、そんな不純な関係ではありませんわ」
「うむ、美麗が言うならその通りなのだろうな」
頬を赤らめて言う天王寺さんに、雅継さんは首を縦に振った。
雅継さんは、思ったよりもユーモラスな人かもしれない。――いや、油断はできない。華厳さんだって、最初は優しくて娘想いだと感じたのだ。もしかすると雅継さんにも冷徹な一面があるかもしれない。
「美麗、確かテーブルマナーの勉強がしたいのだったか?」
「ええ。できればイギリス式の食事でお願いいたしますわ」
その言葉を聞いた雅継さんは、顎に指を添える。
「よし……折角だ。私も同席しよう」
ちらりとこちらを一瞥して、雅継さんは言った。
「……え?」
正直、天王寺家で勉強会をするだけでもハードルが高いのに。
俺はこれから、国を代表する企業の社長と一緒に食事をするのか……?
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