第56話 待機中お嬢様
午後八時。
天王寺さんの授業が終わった後、俺は用意された車で此花家の屋敷まで帰った。
「戻りました」
「お疲れ様です、伊月さん」
屋敷に入ると、すぐに静音さんと顔を合わせた。
「今後、暫くはこの時間に帰ると思います」
「承知いたしました。念のため何を学んだかお聞きしてもいいですか?」
「はい」
部屋まで向かいながら、天王寺さんに教わった内容を説明する。
「――という感じです」
「成る程。……今度、改めて天王寺様にはお礼をした方がいいですね。話を聞く限り、随分と本格的に教えてもらっているようですから」
「……そうですね」
それは俺も実感していることだった。
天王寺さんは自分も有意義な時間を過ごせていると言っていたが、傍から見ればどう考えても俺が一方的に得をしている。また改めてお礼しよう。
「しかし、何故テーブルマナーを優先して学ぼうとしたのですか?」
「ああ、それはですね……」
少し気恥ずかしいが、静音さんになら言ってもいいだろう。
意図を説明する。
「そういうことでしたか」
静音さんは得心した様子で頷いた。
「お世話係の役目を忘れていないようで、何よりです」
「まあ……元々、そのために天王寺さんから色々教わっているようなものですから」
そう言うと、静音さんは満足気な笑みを浮かべた。
「では、お嬢様が伊月さんと会いたがっていますから、なるべく早く向かってあげてください」
「あれ、護身術のレッスンはなしですか?」
「ダンスの授業が始まれば体力も消耗します。今後のことも考えて、一時的に護身術のレッスンは優先度を下げましょう」
天王寺さんと話し合った結果、ダンスの授業は明日か明後日から始める予定となっている。流石にカフェでダンスの授業をするわけにはいかないので、まずは会場を手配する必要があった。今日はその手配が済んでいなかったので、ダンスの授業はしていない。
「それに、最近は道場が埋まっていることも多いので」
「埋まっている?」
訊き返すと、静音さんは複雑な顔をした。
「以前、貴方が此花家の護衛をボコボコにしたせいで、彼らのプライドが著しく傷ついたようでして……あれ以来、道場で特訓している方が増えています」
「……なんか、すみません」
「伊月さんのせいではありません。寧ろ、彼らにとっては良い薬になりました」
溜息混じりに静音さんは言う。
「もし伊月さんが将来、此花家のボディーガードを目指すつもりでしたら、今すぐにでも護身術のレッスンを始めますが……いかがいたしましょうか?」
「……今のところそんな予定はないので、遠慮しておきます」
「そうですか。残念です」
残念なのか……。
静音さんは、冗談と本音の境目が分かりにくい人だが、今のは少しだけ本音に聞こえたような気がした。
あれ……いいのか?
そういう人生設計も、ありなのだろうか?
※ ※ ※
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