第55話 勉強開始お嬢様

【前書き】

 本当にすみません……先週分の更新を忘れていました。

 今週金曜には次話も投稿します……ちゃんと書き溜めは用意してあります。4連休が悪いんです……。


※  ※  ※


 翌日。

 休み時間のうちに天王寺さんへ「例の件の許可が出た」と伝えると、早速、今日の放課後から勉強会を始めることになった。


「さあ、ビシバシ教えますわよ!」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 生徒たちが下校する中、俺と天王寺さんは食堂に隣接したカフェで待ち合わせる。

 今更だが俺の身は持つだろうか。そんな不安を抱いてしまうほど、天王寺さんはやる気満々だった。


「ふふふ……打倒、此花雛子……! 今度こそ、あの造ったような笑みを引き攣らせてあげますわ……!」


 悪魔のような笑みを浮かべながら、天王寺さんが言う。

 先に到着していた天王寺さんは、俺の分も含めて飲み物を注文していたらしく、俺が席につくと同時に紅茶が運ばれた。


「まずは目標を立てましょう。わたくしの目標は、次の実力試験で此花雛子に勝利することです」


 優雅にカップを傾けた天王寺さんが言う。


「次の実力試験って、いつでしたっけ?」


「一ヶ月後ですわ」


 元々、天王寺さんと雛子の点数は僅差らしい。

 一ヶ月間、猛勉強したら天王寺さんが勝つ可能性も十分ある。


「西成さんには、その試験にて上位五十人の点数をとってもらいます」


「えっ」


 突然の宣言に、俺は驚く。


「五十人ですか……? 今が平均より少し下なのに、いきなりそれはちょっと……」


「心配無用ですわ。なにせ、このわたくしが手取り足取り教えるのですから」


 自信満々に胸を張る天王寺さんに、俺は複雑な顔をした。

 弱音を吐けば吐くほど藪蛇になりそうだ。ここは俺も彼女を信じて努力してみるとしよう。


「それと、西成さんはマナーを教わりたいと言っていましたが……そう思った切っ掛けはあるのですか?」


 天王寺さんの問いに、俺は考えながら答えた。


「此花家の社交界に参加した時、感じたことなんですけれど……やっぱり俺はまだ、ああいう場で自然に過ごすのが苦手でして。せめて、恥をかかないくらいの振る舞いは身に付けたいなと」


「いい心掛けです」


 天王寺さんは満足気に頷く。


「では、西成さんには社交界向けのマナーを教えましょう。テーブルマナーや話術、それにダンスも教えた方がいいですわね」


「ダ、ダンス?」


「西成さんは何が踊れますの?」


 何がと言われても。

 強いて言うなら、体育祭の時に練習した――。


「……ソーラン節なら」


「はい?」


「すみません。何も踊れません」


 流石にソーラン節を社交界で踊るわけにはいかない。いや、逆にウケるかもしれないが、笑いと引き換えに身分を失いそうである。


「ではダンスも基礎的なところから教えましょう」


 天王寺さんが呟くように言う。


「大体の方針は固まりましたわね。では早速、授業を始めていきましょう。午後六時までは勉強、その後はマナーの授業をさせていただきますわ」


「はい、よろしくお願いします」




 ◆




 午後六時。

 本日の勉強は滞りなく終わった。最後に教科書の課題を解いた俺は今、天王寺さんにその答え合わせをしてもらっている。


「……成る程」


 俺の回答を確認したて、天王寺さんは呟いた。


「日頃からちゃんと勉強しているようですわね。この分なら、以前より良い成績を取ることができるでしょう」


「ありがとうございます」


 静音さんのレッスンも役に立ったが、やはり天王寺さんは同じ学生という立場なだけあって、より高い点数を取るための方法を教えてくれる。将来のことを考えれば幅広い知識や技術を習得するべきかもしれないが、今の俺に必要なのは雛子の傍にいても不都合がない成績だった。


「天王寺さんは、どうですか? この勉強会は役に立ちそうですか?」


「ええ。思った以上に有意義でしたわ。わたくし、人にものを教えることが好きなのかもしれません」


 自分でも意外そうに天王寺さんは言う。

 二人きりということもあり、今日の勉強会は俺も天王寺さんも集中することができた。しかし俺が集中して勉強できたのは、天王寺さんが真剣に教えてくれたからだろう。


「天王寺さんは、どうして此花さんにそこまで対抗意識を燃やしているんですか?」


 ふと、俺は気になったことを口にした。


「別に深い理由はありませんわ」


 天王寺さんは少し視線を下げてから、改めて俺の目を見て答える。


「念のため伝えておきますが、わたくしと此花さんの間にこれといった因縁はありません。……強いて言うなら、わたくしが天王寺家の娘である以上、他の学生に遅れを取るわけにはいかないからです」


「それは……家訓みたいなものでしょうか」


「いいえ。わたくしが、わたくしのために定めたルールですわ」


 どうしてそんな厳しいルールを自分に課したのだろうか。

 疑問を抱く俺に、天王寺さんは続けて語った。


「この学院はいわば社会の縮図。ここで誰かに負けているようでは、きっと将来も負けてしまいますの。……わたくしは、天王寺グループこそが日本で最も優れた企業グループだと考えていますわ。である以上、わたくしの敗北はわたくしの信念に反しますの」


 誇り高い考えだと思った。

 前の高校でこんなことを言う人がいれば、きっと小馬鹿にされていただろう。しかしこの学院は特殊な環境だ。天王寺さんの発言には現実味があり……何より、日頃から誠実に振る舞う天王寺さんが口にしたからこそ、その言葉には本気の意志が込められているように聞こえた。


「さて、次はマナーですわね」


 教科書を仕舞い、天王寺さんがマナー講座の準備をする。


「天王寺さん。ひとつお願いがあるんですけど、まずはテーブルマナーを重点的に教えてもらってもいいでしょうか」


「それは構いませんが、何か理由がおありで?」


「はい。まあ……個人的な理由が」


 上手く説明できる自信がないので、申し訳ないと思いながらも俺はお茶を濁した。天王寺さんも察したのか、詮索はしてこない。


「でしたら西成さん。今後、暫くの間はわたくしと一緒に夕食をとりませんか?」


「夕食、ですか?」


「ええ。テーブルマナーを実戦形式で教えますわ。幸い、この学院なら様々な国の料理を食べられますから、充実した授業ができるでしょう」


 成る程。このまま学院で夕食を済ましつつ、テーブルマナーを勉強するということか。

 効率的で是非とも受け入れたい提案だが、念のため静音さんに相談しよう。


「ちょっと家に訊いてみます」


 そう言って俺は席を外し、校舎裏でスマホを取り出した。


『伊月様、どうしましたか?』


 静音さんは俺のことを様付けで呼んだ。

 傍で誰かが通話を聞いている可能性を考慮して、俺の下につく使用人を装っているのだろう。


「天王寺さんの提案で、今日から暫くの間、学院で夕食を済ませてもいいですか? テーブルマナーを教えてくれるみたいでして」


『承知いたしました。特に問題はございませんが……』


 静音さんが途中で言葉を止める。


『すみません。お嬢様が代わって欲しいようなので、少々お待ちください』


 雛子が?

 何か用事でもあるのだろうか。


『伊月……?』


「ああ。どうかしたのか?」


『……今日、遅くなるの?』


 少し残念そうな声音で雛子が訊く。


「今日というか、暫くは帰りが遅くなると思う」


 答えると、雛子は数秒ほど沈黙した。


『早めに……帰ってきてね』


 そう言って雛子は静音さんに電話を返した。


『そういうわけですから、なるべく早めに帰ってきていただければ幸いです』


「……分かりました」


 静音さんに何時頃迎えに来てもらうか、相談しながら考える。

 本懐を忘れてはならない。俺は雛子のお世話係だ。今は天王寺さんに色々と教えてもらっている立場だが、本末転倒にならないよう、できるだけ雛子の傍にいよう。


「すみません、お待たせしました」


 カフェに戻ると、天王寺さんは次の授業の準備を始めていた。

 カフェの店員に頼んだのだろう。様々な食器が並べられている。


「これはまた、本格的ですね……」


「貴方のやる気に応えているだけですわ」


 まるでそれが当然であるかのように、天王寺さんは言う。


「今更ですが、いいんでしょうか。俺ばかりこんな得をして」


「その話はもう終わった筈でしてよ。わたくしはわたくしなりに有意義な時間を過ごせていますから心配ご無用です」


 そう言った天王寺さんは、小さな声で続けた。


「それに……今の貴方は、昔のわたくしと重なるので、少しお節介をしたくなっただけですわ」


 その言葉に、俺は首を傾げた。


「それは、どういう……?」


「さあ、それでは授業を始めますわ」


 はぐらかすように、天王寺さんは授業を開始した。

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