第42話 おじさんと会食お嬢様②
伊月たちと別れた雛子は、一人で別荘のフロントに入った。
父である華厳の姿はすぐに見つかる。伊月と同じく、その服装は黒いスーツだったが、こちらは最高峰のブランドである上にオーダーメイド製である。此花家の使用人は家の品格を損なわないためにも、高価な制服を着用することが義務づけられているが、同時に当主を立てるために、当主より高価な衣服は身につけてはならないという決まりもあった。伊月のスーツは凡そ七十万円の既製品だが、華厳のスーツは百万円を超える非常に高価なものだ。
「久しぶりだな、雛子」
「ん……おひさ」
父の言葉に、雛子は素の状態で返事をする。
「試験はどうだった」
「……問題なし」
「ならいい。今後も此花家の娘として、恥じない成績を保ちなさい」
喜怒哀楽のない、まるで業務連絡をするかのように華厳は告げた。
「伊月君はどうだ。お世話係になってから、そろそろ一ヶ月経つが……」
「……最高」
少し楽しそうに、雛子が答える。
華厳は目を丸くした。
「珍しいな。雛子がお世話係をそこまで褒めるとは」
「……伊月とは、これからも一緒にいたい」
「そうか。此花家と何の関係もない一般人を雇うのは、実験的な試みだったが……うまく噛み合ったようで何よりだ」
華厳は笑みを浮かべることなく、まるで実験の成功を確かめた研究者のように淡々と告げた。それから、目だけを動かし雛子を見る。
「余計な影響は受けていないな?」
「……余計?」
「雛子の性格と噛み合っているとは言え、伊月君は一般人だ。彼に釣られて、俗世に染まる必要はない」
いまいちその言葉の意味が理解できず、雛子は不思議そうな顔をした。
「そろそろ移動しよう。雛子、くれぐれも粗相がないように」
真剣な面持ちで華厳が釘を刺す。
次の瞬間、雛子はすぐに仮面を被った。
「はい、お父様」
「……いい子だ」
令嬢の中の令嬢として。貴皇学院で一番の才女として、雛子は演技を始める。
人当たりの良い柔和な笑みを浮かべる雛子に、華厳は満足気に頷いた。
数分後、別荘の前に車が停まり、会食に参加する客が到着する。
雛子は華厳と共に、車の前まで客を迎えに行った。
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
「ははは、好きで来ているのですから、そう言わないでください。本日は無礼講と聞いていますよ」
粛々と来賓を迎える華厳に対して、訪れた男たちは砕けた空気を醸し出していた。
客は五人。そのうちの二人が近本造船の役員であり、残り三人はシー・ジャパン・ユナイテッドの役員だ。いずれも華厳より年上に見える。家柄はこの中でも此花家が群を抜いて高い筈だが、彼らに余裕があるのは歳の差や経験があるからだろう。
「やあ、久しぶり。私のことは覚えているかな?」
近本造船の社長が雛子に声を掛ける。
雛子は学院で良く見せる、愛想の良い笑顔で対応した。
「はい。私が七歳の頃、社交界にてご挨拶させていただきました」
「いやぁ、もう随分と前の話だが、覚えていてくれてありがとう。以前と変わらず礼儀正しい子だ」
近本造船の社長は、感心した様子で言う。
「ほぉ、こちらが此花さんの娘さんで?」
「ええ。雛子と言います」
華厳が雛子の背中に手をやり、前に出るよう促す。
シー・ジャパン・ユナイテッドの役員たちの前に出た雛子は、恭しくお辞儀した。
「噂は聞いているよ。私の知人が、子供を貴皇学院に通わせていてね。その伝手から聞いた話によると、君は学院で完璧なお嬢様と呼ばれているそうじゃないか」
「恐縮です」
雛子は礼儀正しく頭を下げる。
「成績も優秀で、将来有望なようだね。……このような評判の高い娘さんがいて、此花さんも鼻が高いでしょう」
「ええ。我が娘ながら、ここまで真っ直ぐ育ってくれて感謝しております」
華厳はそう言って、客人たちの顔ぶれをざっと見渡した。
「立ちながらの話も疲れるでしょうし、会場へ移動しましょう。近本さんのご希望で屋外にテーブルを用意していますが、よろしかったでしょうか」
「ああ。折角のいい天気なんだ。重大な会議をするわけでもないし、風にあたりながらのんびりと話しましょう」
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