第41話 おじさんと会食お嬢様①


 土曜日。

 雛子が華厳さんと会食に出席するこの日、俺は使用人として同行するべく、静音さんに渡された服装に着替えていた。


「スーツ、ですか」


 着こなしを静音さんにチェックしてもらいながら、呟く。


「気に入りませんか?」


「いえ、そういうわけではありませんが……着慣れないので」


 バイトの制服とは違って、少し窮屈感のある服装だ。しかし姿見に映る自分の格好は、いつもの学生服姿と比べると格好良く見える。髪型をしっかり整えているというのもあるが、やはりスーツが上質だからそう映るのだろう。


「ちなみにそのスーツ、イタリア最高峰のブランドもので、七十万円します」


「えっ」


「丁重に取り扱ってください」


 想像以上に高級品だった。

 汚れひとつ、つけてはならない。そんな使命感と共に、俺は静音さんと屋敷を出る。


「こちらが会場です」


 車で移動すること約一時間。

 俺たちは目的地であるペンションへと到着した。


「静音さん。ここも此花家の別邸ですか?」


「別邸というより別荘です。こちらは主にイベント等で使用されます」


 目の前にはとても大きくて、手入れの行き届いた西洋風の家屋が鎮座していた。フロントは一流ホテル顔負けの豪奢な内装で、建物の傍には広々としたゴルフ場もある。明らかに富豪向けの空気を醸し出していた。


「では、お嬢様はフロントへ向かってください。私たちは外で待機していますので」


「……ん」


 会食用の清楚な服装に身を包んだ雛子が、小さく首を縦に振る。

 ここからは雛子と別行動だ。


「……伊月」


「なんだ?」


「私……これから、知らないおじさんに会ってくる」


「犯罪っぽく聞こえるからやめろ」


 立場上、反応に困るボケだった。

 これで話は終わりかと思いきや……雛子は、まだ俺の傍にいた。


「……伊月」


「今度はなんだ?」


「……頑張ってくるね」


 どこか期待するような瞳で、雛子は俺を見つめながら言った。

 最初から素直に、そう言えばいいものの……。


「ああ、応援してる。これが終わったら、一緒に屋敷でのんびりしよう」


 そう言うと、雛子は静かに微笑んだ。


「……ん。またアイス、食べたい」


 そう言って雛子は華厳さんのもとへ向かう。

 その背中が五メートルほど遠ざかった後、


「……アイス?」


 静音さんが、ポツリと呟いた。


「伊月さん、アイスとは?」


「……」


 注がれる冷たい視線に、俺は顔を逸らした。


 雛子、お前……ッ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る