第40話 試験お疲れお嬢様


 勉強会を終えて、更に屋敷でも静音さんから試験対策を施される。

 そんな日々が一週間ほど続き、遂にその日がやってきた。


 貴皇学院の中間試験は、俺が以前通っていた高校とは少し異なる仕組みだった。一科目の試験時間は九十分。単純に問題数が多いため、それだけ時間も長くなっている。加えて経済学など他の高校にはない科目も追加されている。


 中間試験は三日間かけて行われた。

 最終日、最後の試験が終了したことで……漸く、俺は息を抜くことができた。


「……なんとか、終わったか」


 試験終了のチャイムが鳴り響くと同時に、俺は安堵の息を吐いた。

 今日は授業がないため、生徒たちは疲れた様子で下校した。

 雛子の方を一瞥する。雛子はクラスメイトたちに囲まれて、試験の手応えについて談笑していた。まだ少し時間が掛かりそうなので、俺は一人でトイレに向かう。


 トイレを済まして教室へ戻ろうとすると、見知った人物と遭遇した。


「成香?」


「……伊月か」


 覚束無い足取りで廊下を歩いていた成香が、こちらへ振り向く。

 その目は光を失っていた。


「ははっ、終わったな。…………テストと私が」


「……駄目だったか」


 勉強会の時から薄々察してはいたが、どうやら成香は勉強がかなり苦手らしい。体育と歴史の科目以外は、人並み以下のようだ。


「伊月は、どうだった?」


「……少なくとも、赤点は免れたと思う」


「ふっ、そうだろうな。どうせそんなことだろうと思っていた。何故ならお前は裏切り者だからな」


「裏切り者って……」


「私のもとから離れて此花さんの家で働くし、成績もあっという間に私を追い越すし……ふふっ、やはり伊月は私の恩人だな。私が如何に駄目な人間か、思い知らせてくれる。……ひょっとして伊月は私のことが嫌いなのか?」


「いや、そんなことはないが……」


「……つらい」


 シンプルな弱音だった。

 溢れ出る負のオーラにこれ以上巻き込まれたくない俺は、速やかに踵を返す。


「じゃ、じゃあ俺は、これで……また明日」


「明日かぁ……休みたいなぁ……」


 雛子みたいなことを言うな。

 遠い目で窓の外を眺める成香と別れ、俺は教室へ戻る。


 丁度、雛子もクラスメイトとの談笑が終わったようで、下校の準備をしていた。

 いつも通り、雛子が車に乗ってから、俺も合流地点で乗車する。


「試験、お疲れ様でした」


 車に乗ると、静音さんに声を掛けられた。


「手応えはどうでしたか?」


「おかげさまで、それなりに解くことはできました」


「それなり、というのがどの程度かは分かりませんが……前日の模擬試験の結果から考えると、そう悪い点数ではないでしょう。試験期間中、ひたすら勉強した甲斐がありましたね」


「……ありがとうございます」


 静音さんに褒められたことで、漸く試験が終わった実感を持つことができた。

 車は此花家の屋敷へと向かう。流石に今日は俺も疲れていたため、会話は少なかった。


「そう言えば、お嬢様。明後日の土曜日、華厳様と共に会食へ出席してもらうことになりました」


 助手席から静音さんの声が聞こえる。


「お相手は近本造船の社長およびシー・ジャパン・ユナイテッドの役員数名です。どちらも造船会社で、近本造船の方が此花グループ傘下の企業と提携しています。シー・ジャパン・ユナイテッドは近本造船と資本業務提携しているので、その繋がりで出席することになったようです」


 書類に目を通しながら、静音さんは続けて説明した。


「お嬢様は七歳の頃、社交界にて近本造船の社長にご挨拶しております。会食の約束を取り付ける際、先方が成長したお嬢様の姿を一目見たいと仰ったため、お嬢様の出席が決定したとのことです。くれぐれも粗相がないよう、お願いいたします」


「んー……めんどい」


「お願いいたします」


 この手のやり取りは慣れているのか、静音さんは動じることなく告げた。

 右隣に座る雛子が唇を尖らせる。


「それと、伊月さん」


「はい」


「当日は伊月さんも会場の近くまで来てもらいます」


「はい?」


 想定外の言葉に、俺は首を傾げた。


「今後、伊月さんも社交界に出席する機会があるでしょうから、今のうちからそういう空気に慣れておいて損はありません。会食は屋外で行われるようなので、当日は此花家の使用人として遠くから観察してみてください」


「……分かりました」


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