第38話 勉強会お嬢様ズ③


「西成さん。貴方、本当に中堅企業の跡取り息子ですの?」


 その問いは、俺の心臓を鷲掴みにした。


「……どうして、そう思ったんですか?」


 天王寺さんに訊き返しながら、俺は思考をぐるぐると回転させた。


 ――落ち着け。


 動揺を押し殺し、できるだけ冷静な態度を装う。

 まず……質問の意図はなんだ? 天王寺さんは俺の身分が偽造されていることに確信を持っているのだろうか? だとすると今更、俺が何かをしても手遅れだ。


「テーブルマナーですわ」


 簡潔に、天王寺さんは言った。


「……マナーが、拙かったということでしょうか」


「いえ、多少拙い点はありましたが、一通りはできていました。しかし、わたくしの目にはそれが……付け焼き刃のように映りました」


 天王寺さんは、俺を観察するような目つきで言う。


「貴方の一挙手一投足には、どこか違和感があります。貴方のマナーは……まるで知識だけを詰め込んだかのような、小手先のものに見えました。少なくとも、跡取り息子として幼い頃から教育を受けている者の動きではありません」


 明確な証拠はないのだろう。だからこそ反論も許されない。

 天王寺さんにしか分からない違和感でもあったのだろうか。先程、自分の人を見る目は確かだと告げていた天王寺さんのことを思い出す。


「別に、責めているわけではありませんわ」


 沈黙する俺に、天王寺さんは少し落ち着いた様子で告げた。


「ただ少し気になっただけです。西成さんは編入生ですから、きっと今までマナーを習得する必要がなかったのでしょう。そう考えれば辻褄も合います。しかし……それにしてはできすぎている・・・・・・と思いましたので」


「……できすぎている?」


「知識だけが異様に先行しているということですわ。貴方、ここ数日で相当な努力をしているでしょう?」


 口調こそ質問だが、天王寺さんは明らかに確信を持った態度だった。


「西成さんが何故そこまで努力をしているのか。その疑問を抱いた結果、貴方の身分に何か理由があるのではないかと考えただけです。……語りたくないのであれば、わたくしもこれ以上、詮索しません」


 詮索しない。

 その配慮は俺にとってはありがたいものだったが、同時に疑問も抱く。


「……怪しいとは、思わないんですか?」


 恐る恐る尋ねる俺に、天王寺さんは優しく微笑みながら答える。


「この学院に怪しい生徒が在籍することはできませんわ。西成さんも、編入時には学院側から身辺調査をされた筈です」


 そう言えば、成香も学院に入る際は身辺調査が行われると言っていた。

 しかし、それならどうして、天王寺さんはこんな話題を口にしたのだろうか。


「……単純に、好奇心で訊いただけのことですわ」


 こちらの心境を見透かしてか、天王寺さんは言う。


「もしかしたら、貴方も………………」


 とても小さな声で、天王寺さんが何かを呟いた。

 何も聞こえず首を傾げる俺に、天王寺さんは気を取り直した様子で俺を見据える。


「何でもありませんわ。……そろそろ戻りましょう」


「……そうですね」


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