第37話 勉強会お嬢様ズ②
マンツーマンで勉強を始めてから、一時間後。
前の高校では、勉強会を開いたところで三十分もすれば雑談だらけになっていたが、貴皇学院の生徒たちは黙々と勉強に集中していた。育ちが違うとはまさにこういうことを言うのだろう。試験に対して本気で危機感を覚えていた俺にとっては、ありがたい環境だ。
「大丈夫、都島さん? ちょっと休憩しよっか?」
「あ、ああ……頼む。正直、もう頭がパンクしそうだ……」
成香が頭を抱えて弱音を吐く。
「大正君。私たちも少し休憩しましょう」
「は、ひゃいっ!!」
未だに緊張したままの大正が、雛子の提案に上擦った声で返事をした。
貴皇学院の授業はいずれもハイレベルだ。その授業で集中力を消費した上での勉強会である。一時間もすれば疲労するのも仕方ない。
「わたくしたちも、一度休憩にしますか?」
数学の勉強を教えてくれる天王寺さんが、提案してくる。
しかし俺は、手元のノートから目を逸らさずに答えた。
「……いや、もう少しだけお願いします」
天王寺さんのおかげで、今まで理解できていなかった部分がスラスラと解けるようになっていた。楽しい……と思えるほど勉強が好きなわけではないが、自分の成長を実感できてやり甲斐を感じている瞬間である。もう少しだけ勉強を続けたい。
「……西成君って、真面目だよね」
ふと、旭さんが俺を見つめながら言った。
「あ、いや、別に茶化しているわけじゃなくてさ。なんていうか、真剣っていうか」
「そうですわね。上昇志向があるのは好感が持てますわ」
天王寺さんが同意を示す。
「今回の勉強会も、企画したのは西成さんなのでしょう? 西成さんは、人の上に立つ自覚は足りていませんが……一方で、人を支えたり、背中を押すことには長けているようですわね」
人の上に立つ気はないので、その指摘は聞き流そうと思っていたが……後半の賞賛を聞いて、俺は少し驚いた。
「なんですの、その目は?」
「いや、随分と具体的に褒められたので、嬉しいというか、驚いたというか……」
「あら、わたくしの人を見る目は確かでしてよ。現にわたくしの従者は皆、わたくし自身が選びましたから」
得意気に天王寺さんが言う。
「天王寺さんの従者って、結構、屈強な人が多いよね」
「外出時はボディーガードとしての役割が主ですから。家ではまた違う従者を傍に置いていますわ」
此花家の従者は基本的に華厳さんが雇っている。静音さんも雛子が選んだ従者ではなく、華厳さんが用意した従者だ。唯一の例外が、今回のお世話係――つまり俺である。
似たような家柄でもルールは異なるらしい。
天王寺家では、娘の天王寺さんにも従者を選ぶ権利があるようだ。
「じゃあ、そんな天王寺さんの目に適った西成君は、将来有望ってことだね」
「そうですわね。同級生を従者として見るのは些か失礼な気もしますが……本人にその気があるなら、スカウトを検討するくらいには有望だと思いますわ」
「天王寺家の従者なら条件も悪くないよね~。……西成君、これは考え物だよ?」
旭さんが楽しそうに言ってくる。
しかし、その時、殺気を込めた視線が向けられた。
雛子と成香が、眦鋭くこちらを睨んでいる。
「……ま、まあ、俺にその気はありませんので」
「あら、それは残念ですわ」
天王寺さんも勿論、冗談で言っていたため、言葉とは裏腹にそれほど残念にはしていなかった。
反面、雛子と成香から注がれる視線はまだ鋭い。
「やはり、わたくしたちも休憩にしましょう。集中力にも限界がありますし、休んだ方が頭も回るようになりますわ」
「……それもそうですね」
どのみち屋敷に戻ってからも勉強はする予定だ。
ここで体力を使い切らないよう、調整しなくてはならない。
「お、西成。どこ行くんだ?」
立ち上がった俺に、大正が訊いた。
「折角、休憩を貰いましたし……身体を解したいので、少し散歩してきます」
そう言って、俺はカフェを出た。
ストレッチでもして気分転換をしたかったが、目立つ場所でそれをするのは抵抗があったため、人気の少ない校舎裏に移動した。貴皇学院は普段人目につかない校舎裏も掃除が行き届いている。外の風にあたりながら、俺はゆっくりとストレッチを始めた。
「……恵まれてる、よな」
勉強会のメンバーを思い出す。
雛子に、成香に、大正に、旭さんに、天王寺さん。……前の高校にも友人はいたが、今の人間関係も悪くない。皆、親切で、頼もしい友人ばかりだ。
お世話係なんて、最初は難しそうで荷が重いと思っていたが、いつの間にか今の状況に居心地の良さを感じている。雛子を支えたいという気持ちもあるが、純粋に今の環境を守り抜きたいという気持ちもあった。
――頑張って勉強しよう。
この居場所を守るために。
内心でそう決意した時、ふと背後から足音が聞こえた。
「西成さん」
名を呼ばれて振り返る。
そこには天王寺さんがいた。
「あれ? 天王寺さんも散歩ですか?」
「ええ。わたくしも、少し身体を解そうかと」
そうなんですね、と俺が相槌を打つよりも早く、
「――というのは建前ですわ」
天王寺さんは告げた。
「少々、西成さんに訊きたいことがありますの」
「訊きたいこと……?」
心当たりがなくて不思議に思う俺に、天王寺さんは口を開く。
「西成さん。貴方、本当に中堅企業の跡取り息子ですの?」
その問いは、俺の心臓を鷲掴みにした。
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