第34話 どややぁお嬢様
「中間試験?」
そろそろ慣れ親しんできた貴皇学院の教室にて。
俺は自分の席に座りながら、大正に訊き返した。
「おう。西成は編入してきたばかりだし、一応、言っておこうと思ってな。来週から中間試験が始まるんだよ」
「来週ですか……中間試験にしては随分と早いですね」
「うちは始業式も他の学校と比べて早いからな」
大正の言葉に納得する。
しかし来週に中間試験とは知らなかった。
静音さんからは何も聞いていないが……どのみち俺は、毎日予習と復習を欠かさずに行っている。試験前だと聞いたところで、やることは同じだ。
「ちなみに、これが過去問だ」
そう言って大正は俺に紙束を見せた。
「過去問って……どうやって手に入れたんですか?」
「試験前になると、職員室の前で配られるんだよ。必要なら西成も取りに行った方がいいぜ」
「……学院が、過去問を用意するんですか?」
「ああ。まあ過去問と言っても、ざっくりとした出題範囲と難易度を伝えるだけのものだしな。全く同じ問題は出ないぜ」
そうなんですか、と相槌を打ちながら、俺は大正に過去問を見せてもらう。
その内容を見て……俺は冷や汗を垂らした。
「西成、どうかしたのか?」
「……いえ」
大正の問いかけに、俺は苦笑を浮かべる。
過去問をざっと見たところ……殆どが解き方の分からない問題だった。
――ヤバいかもしれない。
来週の試験までに、この問題が解けるようになるだろうか。
今までも別に手を抜いてきたわけではないが、俺は猛烈に危機感を覚えた。
◆
昼休み。
いつも通り、俺は雛子と二人で弁当を食べていた。
「伊月……次、それ食べたい」
雛子が弁当箱を見ながら言う。
しかし俺は、考え事に集中して口を閉ざしていた。
「……伊月?」
「ん……ああ、悪い。ハンバーグだな」
黒毛和牛のハンバーグを箸で摘まみ、雛子の口元に持っていく。
「いひゅひ……ほうふぁひふぁ?」
「……ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
何を言っているのか聞き取れない。
雛子は口に含んだ食べ物を、ゴクリと飲み込んでから再び口を開く。
「伊月……どうかした?」
俺の様子が変であると、雛子は感づいたらしい。
溜息混じりに答える。
「大したことじゃないが……中間試験が思ったより難しそうでな。少し気が滅入っていた」
本当は大したことである。なにせ点数が悪いとお世話係を解任されるかもしれない。今まで、静音さんの地獄のような稽古に耐えてきたというのに、その苦労も水の泡になってしまう。
社会や経済学、英語は暗記で点数を上げられる科目だ。これらは時間を費やすことで、なんとかなる可能性がある。しかし……暗記科目以外はお手上げだった。
「教えてあげよっか……?」
「……え?」
訊き返す俺に、雛子は胸を張った。
「私、こう見えても学年トップの成績…………どやぁ」
自慢気に雛子が言う。
そう言えばそうだった。演技をしていない素の雛子を知っている俺には、いまいち実感がないが、雛子は貴皇学院一の才女である。
「そう言えば、いつも教室で色んな人に勉強を教えていたな」
「ん。……実力は、折り紙付き。どややぁ」
雛子はここぞとばかりに得意気な顔をする。
しかし俺は少しだけ返答に悩んだ。雛子に信頼される人間になるべく努力しているつもりなのに、その雛子から手を借りなければならないとは……。
背に腹はかえられない。
意を決し、俺は頭を下げた。
「頼んでいいか?」
「お任せあれー……」
ご機嫌な雛子に、感謝の気持ちを込めて弁当のおかずを食べさせた。
食事を終えた俺は、教室に戻り、自分の席に腰を下ろす。
試験対策の目処が立ったことで安心していると、大正と旭さんが近づいてきた。
「西成君、聞いたよー。中間試験が不安なんだって?」
旭さんが言う。
どうやら大正が伝えたらしい。
「はい。……参考までに訊きたいんですが、旭さんたちは、試験勉強で何か工夫していることはありますか?」
「工夫って言っても特にないかなぁ。強いて言うなら、いつもより勉強時間を増やすとか、そのくらいじゃない?」
「俺も旭と同じだな。予習の代わりに復習をやるとか」
貴皇学院の生徒たちは、放課後も習慣的に勉強している。
別段変わったことをやらなくても、試験にはついていけるのだろう。
「逆に西成君は、前の学校でどんな風に勉強してきたの?」
「そうですね……基本は二人と同じ感じで、偶に徹夜するくらいですかね。あとは勉強会とか」
「勉強会?」
首を傾げる旭さんに、説明する。
「皆で集まって勉強するんですよ。一緒に勉強している人がいると自分も頑張ろうという気持ちになりますし、偶にそれぞれの得意分野を教え合って協力するんです」
協力と言っても、雑談が主になって勉強できない場合も多いが。
「それ、やってみればいいんじゃないか?」
「え?」
疑問を発する俺に、横から旭さんが楽しそうに言った。
「勉強会! やってみようよ、面白そうじゃん!」
大正も旭さんも、何故かやたらと目を輝かせていた。
「お茶会の時と同じメンバーにしようぜ。成績が高い人も多かっただろ」
「いいね、それ! アタシ早速誘ってみる!」
ただの雑談のつもりで勉強会の話題を出したのだが、いつの間にか二人は完全に乗り気になっていた。
しかし……どうしよう。
試験勉強は、雛子に教えてもらうつもりだったが……。
「西成君、予定はいつ空いてるの?」
旭さんが訊いてくる。
「あ、あの。まだ俺は、参加すると決めたわけじゃ……」
「えー! 来ないの、西成君!? 発案者じゃん!」
「そうだぜ! 西成が言ったんだから、幹事もやってくれよ!」
断りづらい空気だ。
まあ……勉強会もして、雛子にも教えてもらえばいいか。
勉強する機会は多いに越したことはない。
「……分かりました」
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