第27話 お茶会お嬢様ズ②
「そう言えば、此花さんと西成君は家の繋がりがあるんだっけ?」
旭さんが雛子に訊いた。
「はい。私の父と、西成君の父が知り合いなんです」
「二人は最近まで会ったことがなかったの?」
「そうですね。とは言え今では、こうしてお茶会で席を共にするくらいには交流がありますよ」
雛子が笑みを浮かべながら答えると、旭さんは「ふぅん」と楽しそうに相槌を打った。
「なんだか怪しいなー? 本当に二人はそれだけの関係なのー?」
「おいおい、旭。流石にそれは邪推だろ」
大正が苦笑しながら言う。
「えー、でもさ。親同士の繋がりって許嫁みたいなものだし、そこから恋に発展するのは定番じゃん。ひょっとしたら二人も、既にいい関係だったり……?」
なんとなく口調から冗談であることは分かる。
旭さんは笑いながら雛子に視線を注ぎ、答えを求めた。
しかし雛子は何も言わず、ゆっくりと紅茶を飲む。
……おい。
なんで急に黙る。
意味深な沈黙だった。冗談交じりで訊いていた旭さんも、次第に真顔になる。
天王寺さんは眉間に皺を寄せて訝しんでいた。そして成香は、青褪めた顔でこちらを見つめている。
「いや、あの……そんなことありませんよ」
雛子が全く答えようとしないので、俺が代わりに答える。
「さっき此花さんも言いましたが、親同士の繋がりがあるだけで、俺たちに特別な関係があるわけではありません。それに……俺と此花さんでは釣り合いませんよ」
片や日本人なら誰もが知る此花グループの令嬢、片や中堅企業の跡取り息子。俺の表向きの身分ですら十分に差がある。
「まあ釣り合うかどうかはともかく……西成君、今は勉強とかで大変だもんね。それどころじゃないか」
「そうだな。貴皇学院は授業のペースも早いし、慣れるまではきっちり予習と復習をしておいた方がいいぜ」
「あ、大正君がそれ言う? この前、授業で指名されても答えられなかったくせに」
「おいやめろ。いつまでそれを引き摺るんだ」
旭さんと大正が笑いながら話す。
こちらも笑みを浮かべて相槌を打っていると、隣で成香が俯いた。
「ふん………………嘘つきめ」
成香が俺にだけ聞こえる小さな声で呟く。
声量を抑えてくれる以上、口封じの件はしっかり受け入れているようだが、やはり俺が此花家で働くことは未だ不満に感じているらしい。
と、まあ、こんな風に。
偶に不安を抱くことはあるが――概ね、お茶会は順調のようだった。
成香は無事にこの面子に馴染めたようだし、天王寺さんも雛子との関係を除けば友好的だ。二人ともお茶会に誘って良かったと今なら思える。
気を抜いて、テーブルに置かれた紅茶を飲んだ。
すると、天王寺さんから視線を注がれる。
「西成さん。紅茶を飲む時は、口をカップに近づけるのではなく、カップを口に近づけるのでしてよ」
「す、すみません……」
気を抜いたら、すぐにボロが出てしまう。
反省しなくてはならない。――俺は他の皆とは違い、偽りの身分でこの学院にいるのだ。
多少、緊張しているくらいが丁度良い。
「西成は、この学院に来るまでは普通の学校に通っていたんだったか?」
「はい。だからマナーには少し自信がなくて……」
大正の問いに、俺は首を縦に振った。
「そう言えば一年生の時、クラスの友人から聞いたんだけど、普通の学校って色々と面白い文化があるよね。例えば…………ワリカンとか」
「ワリカン?」
旭さんの言葉に、大正が首を傾げる。
見れば大正だけでなく他の皆も不思議そうにしていた。
どうやら俺が説明しなくてはならないようだ。
「ワリカンは、店の会計を皆で分割して払うことですが……貴皇学院の生徒はそういうことをしないんですか?」
「しないな。普通に誰かが一括で払った方が早いだろ」
「誰かが一括って……でもそうすると、全額奢ってもらうことになりません?」
「まあ、そうだな。気になるなら次は自分が払えばいいと思うが……基本的に奢るとか奢られるとか、そんなに気にしないだろ。店に誘った奴や、なんとなく払いたい奴が払えばいいと思うぜ」
そんな適当でいいのか……俺は奢られると凄く気にするんだが。
ワリカンは普通の習慣だと思っていたが、ここの生徒たちには浸透していないらしい。
「あとは、ほら。借りパクっていうのもなかったっけ?」
「あったあった。借りてきたものをそのまま盗むやつだろ? あれってなんで盗むんだろうな。普通に買えばいいのに」
「い、いや、借りパクは文化じゃないんですが……」
盛り上がる旭さんと大正の会話に割って入り、どうにか知識を訂正する。
借りパクなんて俺たち庶民の間でも滅多に起きないし、仮に起きたとしても大抵は不慮の事故だ。相手がいきなり引っ越したり、借りていることを忘れたまま疎遠になったりすると、借りパクが発生することがある。
「西成が前いた学校にも、そういうのはなかったのか? 他にも何かあれば教えてくれよ」
「そうですね……」
純粋に好奇心で訊かれていることが分かるため、俺も一応、大正たちが面白がるようなものを考える。
「三秒ルールというのは、どうでしょう」
「三秒ルール?」
旭さんが首を傾げる。
誰も知らないようなので、俺は説明を続けた。
「主に食べ物について使われる言葉ですが、一度落としたものでも、三秒以内に拾えばまた口にしていいというルールです」
「な、なんだそりゃ……」
「実践しましょう」
そう言って、俺はテーブルの中央に置かれた焼き菓子を摘まんだ。
全部落とすのは勿体ないので、半分ほど囓って欠片ほどの大きさにする。
「食べている最中、こんな感じに落としたとしても……」
わざと菓子をテーブルに落とした俺は、素早くそれを拾い上げた。
「といった風に、三秒以内に拾えばまた食べてもいい……というルールですね」
「はぁぁ……面白いことを考えるもんだな」
馬鹿にしてんのか。
いや、馬鹿にはしていないのだろうが……素直に感心されても困る。
これは普通に行儀が悪い話だ。
あまり真似しない方がいいと、言おうとしたところ――。
「こんな感じでしょうか?」
正面に座る雛子が、俺の真似をしてテーブルに菓子を落とす。
そして、拾ったその菓子を、小さな口で咀嚼した。
「そ、そんな感じ、です……」
容姿端麗で気品に満ち溢れた此花雛子が、そのような俗っぽい行動をしてみせたことで、この場にいる全員が驚いた。
可愛らしく微笑む雛子に、俺は震えた声で肯定する。
その時、コホンと天王寺さんが咳払いした。
「庶民の方は、時折、面白いものを思いつきますが……その三秒ルールとやらは、あまり好ましいものとは思えませんわね」
天王寺さんがカップをテーブルに置いてから言う。
「でも実際、三秒くらいなら問題ないかもって思っちゃう気持ちも分かるよね。アタシもそれ、機会があったらやってみようかな」
「衛生的な問題ではありません。はしたないですわ」
天王寺さんが窘める。旭さんもそれほど本気で言ったわけではなかったらしく、すぐに「まあ確かに、はしたないよね」と返していた。
お茶会はその後も、滞りなく進んだ。
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