第26話 お茶会お嬢様ズ①


 そして、放課後。

 カフェに集まった面子を見て、大正と旭さんは目を点にしていた。


「誘えそうな奴がいたら、誘ってもいいとは言ったが……こりゃまた、すげぇ面子だな」


 大正が、この場に集まる令嬢たちの顔ぶれを見ながら言う。


 円形の白いテーブルを中心に、六人の男女が集まっていた。

 当初のメンバーである俺と大正と旭さんに加え、俺が連れてきた雛子と成香と天王寺さんである。


 三人の令嬢は、いずれも場の空気に流されるような気質ではない。雛子はお嬢様の演技中であるため優しい微笑みを浮かべており、成香はその隣で挙動不審になっており、天王寺さんは堂々と紅茶の入ったカップを傾けていた。


「ね、ねえ、西成君。これ、どういう繋がり? なんで編入三日目で、こんな凄い人たちと知り合ってるの……?」


「なんでと言われても、成り行きとしか……」


 旭さんの疑問に、俺は冷や汗を垂らしながら答える。

 雛子はともかく、成香と天王寺さんを誘った理由は、それぞれ親睦を深める良い機会だと思ったからだ。しかし冷静に考えれば、確かにこれは凄い面子かもしれない。此花家、都島家、天王寺家は貴皇学院でも有名だ。その三人が一堂に会するのは稀なことと言えるだろう。


「そう言えばこれは、西成さんの歓迎会でしたわね」


 カップをテーブルに置いた天王寺さんが、俺の方を見る。


「遅くなりましたが、まずは編入おめでとうございます。貴皇学院は他の学び舎と比べて厳しい教育指針ではありますが、ここを卒業すれば確実に将来の実りへと繋がることでしょう。これからの活躍に期待していますわ」


「あ、ありがとうございます」


 俺は動揺しつつも礼を述べた。

 堂々とした佇まいの天王寺さんからそう言われると、嬉しい気持ちになる。


「初めてお話する方もいますし、改めて自己紹介しておきましょう。わたくしは天王寺美麗。天王寺グループの娘ですの」


 既に全員が知っていることだった。

 自己紹介の流れが生まれたため、大正と旭さんが続く。


「大正克也です。実家は運輸業をやってます」


「旭可憐です。実家は小売業……の中でも、家電量販店がメインかな」


 二人に続き、雛子と成香も自己紹介をする。


「此花雛子です。よろしくお願いいたします」


「み、都島成香だ。その、よろしきゅっ」


 噛んだ……が、俺は気づかなかったフリをした。

 雛子と天王寺さんの表情は変わらない。気づいていないのか、それとも気にしていないのか。……一方、大正と旭さんは不思議そうな顔をしている。「まさか、あの都島さんが噛むなんてことはないだろう」とでも言いたげな様子だ。


「西成伊月です。実家はIT企業を営んでいます」


 最後に俺が、名と家業について告げる。

 全員の自己紹介が済んだところで、天王寺さんが口を開いた。


「先に言っておきますが、わたくしの家柄を気にする必要は全くありませんわ。いつも通りの口調で接していただいて結構です。……大正さんも旭さんも、普段はもう少しフランクな口調ではありませんでしたか?」


「うっ……ま、まあ、バレてるなら意味ないか」


「あはは、そうだね。じゃあ、いつも通りにさせてもらおうかな」


 二人は一瞬だけ気まずそうにしたが、すぐに気を抜いた。

 その後、天王寺さんは雛子の方を見る。


「此花さんとは、偶にお茶会で会いますわね」


「そうですね。天王寺さんにはいつもお世話になっています」


「…………皮肉ですの……?」


 天王寺さんが引き攣った笑みを浮かべる。

 しかし雛子はそれに気づいていない様子で、悠然と紅茶を飲んでいた。


 成香も天王寺さんも容姿端麗な少女だが、やはり雛子はその中でも別格の気品を醸し出している。優雅にカップを傾けるその姿は、この場にいる全員の視線を釘付けにした。


「あ、あの! 此花さん! アタシ、同じクラスなんですけど……その、分かります?」


「勿論ですよ、旭さん。いつもA組のムードメーカーになっていただき、ありがとうございます。旭さんのおかげで、教室の居心地が良くなっていると日々感じています」


「あ、あはは、どういたしまして。…………うわ、やばっ。此花さんにそう言ってもらえると、めっちゃ嬉しいかも」


 旭さんは、ニマニマとした顔を必死に両手で隠そうとした。


「お、俺は? 俺はどうっすか!? 此花さん!」


「大正君のことも存じていますよ。誰に対しても分け隔てない親しげな態度が、とても魅力的だと思います」


「おぉ、おぉぉ……っ!! なんか今、すげぇ徳が上がった気がする……!」


 徳は上がっていないと思うが、天にも昇りそうなくらい喜んでいた。

 まだ学院に来て日が浅い俺には共感が難しいが、雛子は俺が思っている以上に、尊敬されているらしい。


「ぐぬぬ……何故、わたくしには何も訊かないんですの……ッ!」


 雛子が視線を独り占めしたことで、天王寺さんが明らかに不機嫌になっていた。

 俺は素早く話題を変える。


「成香は、ここにいる人たちとお茶会で話したことはないのか?」


「あ、ああ。私は学外での催しも、最低限しか参加していないからな」


 最低限しか呼ばれていないわけではなく……?

 と、心の中で呟いたその時、俺は皆から視線を注がれていることに気づいた。


「……成香・・?」


 誰かが言う。俺が成香のことを下の名前で呼んでいることが気になったらしい。

 うっかりしていた。まずは俺と成香の関係について、説明しておくべきだったか。

 どう説明するべきか考えていると、


「わ、私と伊月は、十歳の頃に会ったことがあるんだ。その繋がりで、今回のお茶会にも呼んでもらった」


 成香が先に説明してくれる。


「へぇ~、そうだったんだ!」


 旭さんが驚くと、成香は俯いた。

 単に照れているだけだが、その表情は硬く、見る人によっては不機嫌になったと思われるかもしれない。こういうところが成香を孤立させているのだろう。


 成香をこの場に誘ったのは俺だ。

 フォローしておこう。


「誤解されているみたいですが、成香はそんなに怖い人ではありませんよ。子供の頃を殆ど家の中で過ごしていたようですから、ちょっと会話が苦手なだけです」


「……そうなのか?」


「はい。例の噂についても、全部、嘘です」


 目を丸くする大正に、俺は断言してみせる。


「ぃ、伊月ぃぃ…………っ!!」


 隣では、感激した成香が涙目で俺の方を見ていた。

 これを機に、成香にも友人ができればいいが……。


「確か、都島さんの家はスポーツ用品メーカーでしたわね?」


 天王寺さんが、成香に訊いた。


「あ、ああ。その……よく、知っているな」


「ご謙遜を。この学院で都島家を知らない生徒などいません。例の噂も、少し調べれば真実ではないとすぐに分かります。……社交場ではあまり見かけませんが、普段はどのように過ごしていらっしゃるのですか?」


「ふ、普段か……普段はその、家で稽古を……」


「稽古?」


「その、我が家には道場があってな。そこで汗を流すことが私の日課なんだ。さ、最近は家の商品の試用を頼まれることも多い」


「そうでしたの。中々、充実した日々を送っているようですわね」


 天王寺さんが感心した素振りを見せる。

 その隣では、旭さんと雛子が会話していた。


「折角だからアタシも此花さんに訊きたいんだけど、家ではどんな風に過ごしてるの? やっぱり、ずっと勉強とか?」


「勉強も大事ですが、同じくらい息抜きもしていますよ。読書とか……あとは、お菓子を食べることもあります」


「へぇ~、此花さんもお菓子とか好きなんだ。どんなものを食べてるの?」


「そうですね……スコーンなどでしょうか」


 嘘つけ。

 お前、ポテチばかりだろ。


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