第25話 彼を知り己を知れば百戦殆からずお嬢様


 成香と別れ、A組の教室に戻ろうとした時。

 廊下の奥から、二人の女子生徒の話し声が聞こえた。


「あ、ありがとうございます!! 手伝ってもらって!」


「お礼は結構ですわ」


 お辞儀する少女に対し、金髪縦ロールの生徒が堂々とした態度で返す。

 目立つその容姿を目の当たりにして、俺はつい彼女の名を口にした。


「天王寺さん?」


「あら、貴方はいつぞやの……」


 こちらを見る天王寺さんの瞳が、スッと細められる。

 そう言えば以前はドタバタした別れ方になってしまった。あの時のことを思い出されては厄介なことになりそうなので、俺はすぐに他の話題を探す。


「えーっと、何をしていたんですか?」


「大したことではありませんわ。日直が授業で使うための資料を運んでいましたから、それを手伝っていただけですの」


 以前、財布を回収して貰った時も思ったが、天王寺さんは見かけによらず親切だ。

 どうやら日頃から率先して人助けをしているらしい。


「そう言えば、聞きましたわよ。貴方、編入生だったようですね」


「はい。一昨日、編入してきました、西成伊月です」


 今更ながら、俺は自己紹介していなかったことを思い出して名乗る。

 もっとも、天王寺さんは知っていたかもしれないが。


「では西成さん。……貴方、此花雛子と一緒に登校してきたようですね。一部では噂になっていますわよ」


 そう言えば天王寺さんは、雛子のことを目の敵にしているんだったか。

 このまま俺まで敵視されては面倒だ。弁解はしておこう。


「確かに初日は学院へ案内してもらうため一緒に登校しましたが、昨日と今日は別々に登校しましたよ。此花さんとは家の繋がりがあるだけで、それ以上のことは何もありません」


「……どうだか。貴方も此花一派ではなくて?」


「此花一派?」


 首を傾げる俺に、天王寺さんは説明する。


「わたくしが勝手にそう呼んでいるだけですわ。貴皇学院には、此花雛子を崇拝する生徒も数多くいますから、そういった者たちの総称ですの」


「……成る程」


 ファンクラブみたいなものか。

 貴皇学院も存外、俗っぽいところがある。


「……天王寺さんは、此花さんのことが嫌いなんですか?」


「き、嫌いというわけではありませんわ! ただ、此花雛子のせいでわたくしの本来の威光が薄れているのです!」


 急に慌てた様子で、天王寺さんは言う。


「此花雛子の能力については認めます。わたくしに並ぶほどの容姿と、わたくしに並ぶほどの成績ですから。あれで人気が出ない筈ありませんわ」


「遠回しな自画自賛……」


 その自信、少しくらい成香に分けてやってくれ。


「しかし此花雛子は……この天王寺グループの娘であるわたくしを差し置いて、いくらなんでもちやほやされ過ぎですの! 天王寺グループは此花グループに引けを取らない規模の企業であり、その歴史は寧ろこちらの方が深いのです! つまり本来なら! このわたくしが! 貴皇学院で一番、注目されるべき生徒ですわ!!」


 語気強く告げた天王寺さんは、キッと俺を睨む。


「貴方も此花一派でないなら、そう思いますわよね!?」


「え? ええ、まあ……」


「そうでしょう、そうでしょう!! まったく気に入りませんわ! どうしてわたくしよりも、あの女の方が目立っているのでしょう! あのような八方美人、どうせ家に帰ったら、ぐうたらしているだけの駄目人間に決まっていますわ!」


 今、一瞬だけ真実に触れたな……。

 黙っておこう。


「やはり、人当たりの良さが理由でしょうか? ……いいえ、高貴な生まれである以上、本来ならわたくしのように毅然とした振る舞いをするべきです。笑顔が多すぎるのも威厳を損なう恐れがありますし、勉強で分からないところを教えるのも、やり過ぎれば相手のためになりませんわ。大体、あの女は先日も――」


 ブツブツと独り言を呟く天王寺さんに、俺は思ったことを告げてみた。


「天王寺さんって、此花さんのことめちゃくちゃ詳しいですね」


「なっ!? べべべ、別に、このくらい普通ですわ!」


 顔を真っ赤にした天王寺さんが、大袈裟に否定する。


「わたくしと、此花雛子は……そう、ライバル! ライバルですの! だから調べるのは当然のことですわ! を知り己を知れば百戦あやうからず、とも言うでしょう」


 難しい故事が出る一方で、俺は天王寺さんの性格について少し考えていた。


 ――成香が言っていたな。


 大きな家柄を背負っていれば、周囲が萎縮してしまう。

 もしかすると、天王寺さんも同じ悩みを抱えているのかもしれない。


 先程本人も言っていたが、天王寺グループは此花グループに匹敵するほどの規模を誇る。歴史に関しては此花グループよりも古いくらいだ。


 そんな家柄を背負う天王寺さんは、もしかすると成香と同じように孤独を抱えているのかもしれない。


 成香ほど深刻な状態ではないにせよ……ひょっとしたら天王寺さんも単に、親しく話せる友人が欲しいのではないだろうか?


 相手が天王寺家の娘だとしたら大抵の生徒は萎縮するだろう。

 だが、雛子なら……同じ規模の家柄である雛子なら、きっと天王寺さんと対等な関係を築ける。天王寺さんもそれを察して、雛子に執着しているのかもしれない。


「あの……今日の放課後、空いてますか?」


「放課後? まあ、空いていますが、何故ですの?」


「食堂の隣にあるカフェで、お茶会をする予定なんです。ちなみに……此花さんも来ます」


「こ、此花雛子が!?」


 天王寺さんは目を見開いて驚いた。


「さ、さては貴方、わたくしを此花一派に懐柔するつもりですわね……ッ!!」


「なんでそんなに警戒心が高いんですか。……普通に誘っているんですよ」


 雛子のことを意識しすぎである。


「ま、まあ、あの女がどうしても来て欲しいと言うのであれば、仕方なく参加しても構いませんわよ?」


「いや、別に此花さんは何も言っていませんが……」


「……そうなんですの?」


「はい」


「……」


「……」


「……」


「……あの、やっぱり言っていたかもしれないので、来てもらってもいいですか?」


「し、仕方ないですわね! それでは、参加させていただきますわ!」


 気まずい空気になったので、俺は優しい嘘をつくことにした。

 天王寺さんが目をキラキラと輝かせる。やはりお茶会には参加したかったらしい。


を知り己を知れば百戦あやうからず、とも言いますしね!」


 それはさっき聞いた。

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