第24話 お茶会未経験お嬢様


 目当ての人物、都島成香はすぐに見つかった。


 先日の体育の授業にて、成香の所属するクラスが二年B組であることは分かっている。雛子が教室に戻って演技を始めたことを確認した俺は、すぐにB組の教室に向かい……ものの数秒で成香を発見した。


 ……浮いてるなぁ。


 予想はしていたが、成香は昼休みを孤独に過ごしていた。

 窓際の後ろから二番目に座る成香は、黙々と食事をしているように見える。


 遠目に見れば凛と佇む美人だが、目を凝らせば眉間には皺が寄っており、その吊り上がった目もどこか不機嫌に見えた。これなら人が近づかないのも無理はない。


 だからこそ、できれば俺の方から声を掛けたいが……。

 そう思った直後、成香がこちらを振り向いた。


「……? ……伊月っ!!」


 俺に気づいた成香が、食事を中断して勢い良く立ち上がった。

 堪えきれず笑顔になった成香が俺に近づく。

 その間、B組の教室は騒然としていた。


「おい、嘘だろ……?」


「み、都島さんが人の名前を呼んだ……?」


 随分と悲しい噂話が聞こえるが、成香はそれに気づくことなく俺の正面まで来た。

 目立ち過ぎたかもしれない、と反省する俺に、成香は目を輝かせながら口を開く。


「な、何の用だ!? 私に何かあるのか!? ちょ、ちょうど私は暇だったところだ! なんでもいいから話そうじゃないか!」


 ぐいぐい来るな……。

 どうやら一人でいることが相当寂しかったらしい。


「と、取り敢えず場所を変えてもいいか?」


「ももも、勿論だ! 何処だろうとついて行くぞ!」


 数え切れない視線が突き刺さる中、俺は成香と共に校舎の外に出た。

 万一、雛子が想定外の行動をしてもすぐに対応できるよう、なるべくA組の教室からは離れたくはない。校舎裏の人気の少ない場所を見つけ、俺はそこで改めて成香の方を振り向いた。


「その、色々と話したいことがあってな。先日の件についても説明できてないし」


「先日の件……そ、そうだ! 私はまだ許していないぞ!」


 途端に我に返ったかのように、成香は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「お、お前は私のお世話をしていたのに、なんで……なんでいきなり、此花さんのお付きになっているんだ! こ、こここ、この、裏切り者めぇ!!」


「いや、裏切り者って……俺が成香のお付きだったのは昔の話だろ」


「む、昔の話と切り捨てるのも酷いではないか! 私はまた、お前と一緒に暮らしたかったんだぞ!!」


「え…………そう、なのか?」


 こちらが驚くと、成香は自分が何を告げたのか自覚したらしく、怒りとは別の感情で顔を真っ赤に染めた。


「わ、わあああああ!? 今のは無し! 無しだ! 忘れろ!」


「あ、ああ……その、少し落ち着いてくれると助かる」


 なんていうか、昔より酷くなってないか……?

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、俺は先日、静音さんが作成してくれた設定を思い出して語る。


「昨日、話した件についてだが……簡単に言うと、俺は養子になったんだよ」


「……養子に?」


「ああ。今の俺の父親は、中堅企業の社長なんだ。で、その社長が此花家と縁があって、俺が貴皇学院に通っている間、此花さんの家で働くことになった」


「む……待て、待て。どうしてそうなる。別に此花家と縁があるからといって、此花家で働くことにはならないだろう」


 そう言うと思った。

 冷静に、昨晩必死に覚えた設定を思い出す。


「行儀見習いって分かるか?」


「ああ。富裕層の家に住み込みで働き、礼儀作法を学ぶことだな。日本では明治時代の頃に流行し、ヨーロッパでは中世の頃から慣習化されていた」


 流石によく勉強している。

 成香も貴皇学院の生徒だ。賢さは俺と比べ物にならない。


「俺が此花家で働いているのは、行儀見習いみたいなものだ。……なにせ俺は礼儀作法なんてまるで知らないからな。だから此花家で勉強させてもらう代わりに、手伝いをしているんだ」


「……成る程。そういうことか」


 成香が納得する。

 改めて思うが、静音さんはよくこんな設定を思いつく。偽造も完璧らしく、もし探りを入れられてもある程度は誤魔化せるとのことだ。


「し、しかし……それなら、私の家でも良かったではないか」


「いや、そう言われても、先に思いついたのが此花家だったとしか……」


「……むむむ」


 成香は顔を顰めた。


「できれば、この件は誰にも言わないでくれ」


「……分かっている。養子というのは何かと脆い立場だからな」


 内密にしてもらいたい理由は他にあるが、成香は都合良く解釈してくれた。

 俺と雛子に関する話は、これでいいだろう。


「ところで成香。今日の放課後は暇か?」


「放課後? まあ、空いているが」


「良かったらカフェで話でもしないか?」


「カフェで話? ……そ、そそそ、それはまさか、お茶会か!?」


「まあ、そんな感じだ」


「ぜ、是非とも参加させてもらおうっ!」


 成香は途端に目を輝かせて言った。


「あ、あぁぁ、実を言うと憧れだったんだ、お茶会……! 貴皇学院の生徒は皆、お茶会で親睦を深めていると言うが、私は今まで誰にも誘われたことがなくてな……このまま卒業まで縁の無い話だと思っていた……」


「そ、そうか……それは、その、辛かったな」


 成香と会話すると、悲しいエピソードが次々と発覚するため、不憫な気持ちになる。


「ちなみに、今のところ参加者は俺たちの他に、A組の大正、旭さん、此花さんの三人だ」


「……え? ほ、他の人もいるのか……?」


「ああ。一応、俺の歓迎会という名目だしな」


「歓迎会……そうか。聞いた話によると、伊月は先日編入したばかりだったな」


 貴皇学院で編入生は珍しくないらしいが、それでも軽く噂にはなる。

 成香も俺が先日編入したことくらいは知っているらしい。


「参加……したいが、不安だな……う、うまく話せないかもしれないし……」


「俺とは普通に話せるじゃないか」


「それは、だって……伊月は昔の私を知ってるし、今更、取り繕う必要がないだろう」


「じゃあ、他の人にも取り繕わなければいいんじゃないか?」


「そ、それができれば苦労しない!!」


 成香が目尻に涙を浮かべながら言う。


「それに……責任転嫁をするつもりはないが、これは私個人の問題でもないのだ」


「……どういうことだ?」


「自分で言うのも何だが、都島家はこの学院に通う生徒たちの中でも比較的、大きな家だ。それ故に、大半の生徒は私の家柄に萎縮してしまう。……私が不器用なだけでなく、相手も最初から私に怯えているのだ」


「……成る程」


 それは確かに、成香の問題ではない。

 自分のことならともかく、他人を変えることは難しい。成香の気の持ちようで簡単に解決する問題ではないようだ。


「その点、此花さんは凄い人だ。伊月を取られた手前、認めたくはないが……彼女の人望は心の底から羨ましいと思う。普通、此花家ほど大きな家柄を背負っていると、殆どの生徒は萎縮する筈だが……それでも此花さんは、色んな人から気兼ねなく声を掛けられている。一体どうやったら、あんな風に慕われるんだろうな……」


 視線を落としながら成香は言った。

 俺は雛子の人望が厚い理由を、多分、知っている。――演技だ。雛子は完璧なお嬢様という、万人に好かれる演技を徹底している。

 しかしそれは、公にはできない。


「此花さんの人望が厚い理由は、俺には分からないが……一緒に話してみれば、ヒントが見つかるかもしれないぞ」


「……そうだな。伊月もいるし、放課後のお茶会には是非とも参加させてもらおう」


 勇気を振り絞るように、成香は拳を握り締めて言う。


「で、でも、大丈夫だろうか。私が行って、不愉快に思われたり……」


「大丈夫だと思うぞ、多分」


「多分……?」


「絶対」


 不安を抱く成香を、俺は溜息混じりに元気づける。

 旭さんも大正も、成香を嫌ってはいない。特に旭さんは以前、成香と友好を深めるために自分から声を掛けたと言っていた。それなら、成香が参加しても悪くは思われないだろう。



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