第22話 コアラお嬢様
「クビにはしません」
成香と再会した日の放課後。
車で屋敷に向かっている間に事情を説明した俺に、静音さんは言った。
「話を聞く限り、伊月さんだけでなくお嬢様にも問題があります。寧ろお嬢様が余計なことを言わなければ、誤魔化せていた可能性も高かったでしょう」
「……ですが、元はと言えば俺が成香と接触したことが切っ掛けで」
「都島様は廊下で倒れていたのでしょう? それでは接触するのも仕方がありません」
内心で静音さんに感謝する。
静音さんは厳しい人だが、融通を利かせてくれる人だ。お世話係だからと言って些細な人助けすら禁じるほど、冷酷ではない。
「伊月さんと都島家の関係については知っているつもりでしたが、少々、調査不足だったようですね」
「……知っていたんですか?」
「伊月さんと都島様がはとこであることは知っていましたが、お二人に面識があることは知りませんでした。……恐らく、都島家が意図的に情報を止めていたのでしょう。伊月さんの実家と都島家は絶縁状態にありますから、余計な勘ぐりを避けるためかと思われます」
以前、華厳さんは西成家と都島家の関係について知っているような発言をしていた。あれは俺たちの家の関係を知っているだけで、俺が成香と面識を持っていることまでは知らなかったようだ。
「というわけで、今回に限っては私にも落ち度があります。……こうなってしまった以上、都島様にはある程度、事情を説明した方がいいでしょう。まずは此花家で働いていることを説明し、その上で口封じの取引を持ちかけてください」
「分かりました。口封じは……大丈夫だとは思いますが、一応伝えておきます」
成香の性格上、人の噂を言い触らすような真似はしないだろう。
それに……成香には、話し相手になる友達もいないようだし。
「使用人は貴皇学院に通えませんから、伊月さんの身分は今後も中堅企業の跡取り息子で一貫します。その上で此花家に奉公に来ているという設定にしましょう。……後で詳細をお伝えしますので、うまく都島様を説得してください」
「分かりました」
身分の偽造に関しては、静音さんに任せた方が良さそうだ。
「お嬢様の正体はバレていないようなので助かりましたが……本音を言うと、伊月さんが此花家で働いていることも知られたくなかったですね。お嬢様が嫁ぎ先を探す際の障害となりかねません」
「障害、ですか?」
「同級生の異性が住み込みで働いているのですよ? あまり男性にとっては良い印象ではないでしょう」
「……成る程」
平たく言うと、淑女としてのイメージが曇るといったところか。
「貴皇学院は社交場としての側面もあります。今後も人間関係は慎重に築いていきましょう」
静音さんの言葉に俺は「はい」と頷く。
「あの、静音さん。別件で相談があるんですが……」
「何でしょう」
「その……クラスメイトたちと遊びに行くことって、できますか?」
「遊び、ですか?」
静音さんの目がスッと細められる。
「いや、浮かれているわけではありません。ただ先日、誘ってくれたクラスメイトがいまして……今後も断り続けるのは申し訳ないですし、あまり付き合いが悪すぎるのも不自然に思われるような気がして……」
「……確かに、そうですね」
納得した様子で、静音さんは暫く考え込む。
「分かりました。事前に日程を教えていただければ、こちらでサポートします」
「ありがとうございます」
お世話係の仕事を放棄するつもりはないが、悪目立ちしない程度には人付き合いもしておいた方がいいだろう。
「自分のことを棚に上げるつもりはありませんが……今回の件については、伊月さんは勿論、お嬢様も反省してください。特にお嬢様、今後は迂闊な発言をしないよう細心の注意を払ってください」
静音さんが言った。
俺はすぐに返事をしたが……隣に座る雛子は、声を発さない。
「お嬢様、寝ているのですか?」
そう言って静音さんが後部座席の方へ振り向いた。
俺は苦笑しながら答える。
「寝てはいませんが……コアラみたいに、しがみつかれています」
雛子は俺の右腕をぎゅっと掴んで、胸元に引き寄せていた。
車に乗った直後から、ずっとこの体勢だ。
「……撫でて」
俺の腕に顔を埋める雛子が、小さな声で言う。
「頭、撫でて……」
「……はいはい」
言われた通り雛子の頭を撫でる。
静音さんは溜息を吐いて、再び前方を向いた。
「伊月さんが来てから、お嬢様の様子がおかしくなることがありますね」
「……すみません」
「いえ、伊月さんのせいではないような気もします。ただ……」
思案気に、静音さんは呟いた。
「……華厳様が、お気になさらなければいいのですが」
※ ※ ※
雛子編、折り返し地点です。
この辺りからストーリーが動きます。
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