第20話 また会える


「そう言えば、伊月はどうしてこの学院にいるんだ?」


 その問いかけに、俺は少し答えを考える。

 現在、俺の表向きの立場は「中堅企業の跡取り息子」であり、雛子との関係は「親同士の繋がりで多少面識がある程度」となっている。


 これらは全て、静音さんが事前に伝えてくれた嘘であり、俺は今までその通りに身分を装っていたに過ぎない。


 しかし……成香にこの嘘は通用しない。

 何故なら彼女は、俺の本当の身分を知っている。中堅企業の跡取り息子という偽の身分を言っても、彼女には見破られる。


 俺と雛子の関係を知られるということは、雛子の正体が露見するということだ。お世話係として、最低でも雛子の「完璧なお嬢様」という世間体だけは守り抜かねばならない。


「……俺の母親が、ギャンブル好きだって話は、昔したよな」


「ああ。それはもう、酷いものだったと聞いている」


 成香が同情する。

 大方、使用人たちの口から話を聞いたのだろう。


「そのギャンブルで大勝ちして、かなりの金が手に入ったんだ。おかげで貴皇学院に通うことができた」


 咄嗟の嘘にしては悪くない。

 そんな風に手応えを感じた俺だが――。


「……嘘だ」


 成香は目を細めて言った。


「貴皇学院は、金さえあれば入れる学院ではない。入学の際は厳正な身辺調査が行われる。賭博で手に入れた資産が評価されることはない筈だ」


 そうなのか……。

 此花家はどうやって俺をこの学院に入学させたのだろう。やはり権力者ならではの裏口というものがあるのだろうか。


「伊月……どうして嘘をつく。何か、言えない事情があるのか……?」


 嘘が露見したことで、完全に怪しまれた。

 冷や汗を垂らしながら焦っていると、再びポケットの中のスマホが着信を報せる。

 恐らく静音さんだろう。先程から間を置かずに連絡を入れられるということは、急用の可能性が高い。


「わ、悪い……また電話が掛かってきたから……」


 軽く断りを入れて、立ち去ろうとすると――。


「ま、待ってくれ!」


 成香が俺の腕を掴んだ。


「また、いなくなったり、しないよな……?」


 震える声で、成香は尋ねる。

 その悲しそうは表情を見て、俺は反省した。


 ――そうか。


 俺は成香を、不安にさせてしまったんだな。

 六年前、俺は成香の前から唐突に姿を消した。最初は俺も、あの日のことを気にしていたが……いつの間にか記憶が風化し、思い出さなくなった。


 けれど成香は違った。成香は俺と会うまで、同世代の子供と外へ遊びに出る経験がなかったのだ。だから俺と違って、成香はいつまでもあの日のことを――あの日の不安を覚えていたのだろう。


「大丈夫だ、また会える」


「本当か……?」


「本当だ」


 ここで成香と再会したのは想定外だが、再会できたこと自体は素直に嬉しいと思う。

 お世話係の仕事があるからと言って、突き放すことはない。


「じゃあ……あ、頭を、撫でてくれ……」


「は?」


「む、昔! よくやってくれただろう! 私が父に怒られていた時とか……」


「……あぁ」


 そう言えば昔は、よく成香の頭を撫でていた。

 先程から鳴り続けている電話が気になる。ここは早く言われた通りにしよう。


「……はいはい」


 頭を撫でると、成香がふにゃりと笑みを浮かべた。


「ああ……やっぱり、安心するな」


「高校二年生が、頭を撫でられて安心するのもどうかと思うぞ」


「わ、分かっている! ただ、これは……私にとって、大切な思い出だったのだ。……正直、もう伊月とは会えないと思っていたからな」


 昔と変わらず、成香の言葉は正直で真っ直ぐだった。

 むず痒い気分になりながら、俺は成香の頭を撫で続ける。


「悪かったな。前は、あんな急にいなくなって」


「……こうしてまた会えたんだ。もう、いい」


 安心しきった様子で成香が笑みを浮かべる。

 保健室の扉が開いたのは、その時だった。


「――何をしているんですか?」


 聞こえてきたその声に、俺は成香を撫でる手を止める。

 扉の先から、雛子が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る