第19話 学院一の不良と恐れられている美少女が、実はただの不器用で寂しがり屋であることを俺だけは知っている②


 成香が腰を抜かすという非常事態が発生したため、俺は急遽、彼女を保健室へと連れて行った。

 保険医によると暫くすれば治るとのことで、俺はすぐに教室へ戻ろうとしたが……。


「うぅ、待ってくれぇ……置いていかないでくれぇ……」


「……はいはい」


 涙目で懇願されたため、仕方なく俺は授業を休んで成香に付き添うことにした。

 思わず額に手をやる。幸い今は授業中であるため、雛子は教室にいる筈だ。教室にいる時の雛子は完璧なお嬢様を演じられるため、俺が近くにいなくても問題ない。


「伊月。お前、私の家から追い出された後はどうなったんだ」


 ベッドに座る成香に訊かれ、俺は答える。


「普通に両親が仲直りして、一件落着だ」


「そうか。……それは良かった」


 成香は安堵した表情を浮かべたが、すぐに鋭く俺を睨んだ。


「だが、連絡くらいあってもいいだろう。私はあの後、お前がどうなったのか心配で心配でたまらなかったんだぞ?」


「それは……悪い。でも俺、都島家の連絡先なんて知らなかったし」


「……それもそうだな」


 仮に連絡できたとしても、成香と話をすることは難しかっただろう。俺と母は都島家に疎まれていたため、取り次いでくれた可能性は低い。


「今更だが、子供の時は悪かったな。軽率に外へ連れ出したりして……」


「な、何を謝っている!」


 成香は焦燥した様子で言った。


「私はむしろ、伊月に感謝しているんだ! あの時、伊月と一緒に外へ出ていなければ……きっと私は、今も臆病なままだった」


 そう言われると、少しは報われた気分になる。


「今は臆病じゃないのか?」


「う……いや、その……まだ修行中の身というか……」


 成香は気まずそうに言葉を濁した。

 宣言通り強い女になっていれば、こうして腰を抜かして保健室に運ばれるようなこともなかっただろう。


「まあ、成香の父親は厳しそうな人だったもんな。中々、自由にはさせてくれないか」


「……いや、父には勝った」


 成香は簡潔に告げた。


「勝った?」


「ああ。剣道、柔道、合気道、空手、ありとあらゆる武道で私が勝利した。それが都島家の監視から逃れる条件だったからな。……おかげで今は、殆ど自由に過ごせている」


「そ、そうか」


 相変わらず、身体的な意味では非常に強い少女だ。


「しかし、外に出ることが許されても、隣に誰もいなければ寂しいものだ……」


 成香は途端に元気をなくし、俯きながら呟いた。


「そう言えば、成香はこの学院で色々と誤解を受けているみたいだな」


 大正や旭さんが言っていたことを思い出す。

 暴走族だのヤクザだの言われていたが、成香がそんなことするわけがない。


「そうだ。…………全部、誤解なんだ」


「なんでそんなことになってるんだ?」


 訊くと、成香は深く溜息を吐いた。


「……都島家の家訓は、『健全な精神は健全な肉体に宿る』だ。そのため、私は幼い頃からありとあらゆる武道を叩き込まれてきた」


「……俺たちが初めて会った時も、成香は剣道をしていたな」


「ああ。都島家は、いわば武闘派の一家なのだ」


 武闘派の一家って……随分と個性豊かな家系だ。

 しかし、あの家で居候していた俺は、それが誇張でないことを知っている。都島家は屋敷内にプライベート用の道場を設置しているだけでなく、屋敷の隣で道場を経営していた。居候していた間、門下生たちの掛け声がよく聞こえていたので覚えている。


「そういう家柄だからか、物騒に思われることも多くてな。加えて、その、これは伊月だから言うが…………私は友達を作るのが苦手なのだ。人前に立つと、どうしても緊張してしまい、顔が強張ってしまう。それで、怖い人間だと誤解されることが多い」


 成香は美人寄りの顔であり、目つきの鋭さが特徴的だ。

 成香が緊張した面持ちになると、睨まれているように感じる。


「まあ……昔から成香は、そんな感じだったからな。威勢はいいのに、いざ一緒に行動してみると、すぐ泣くし、何事に対しても臆病というか……」


「そ、そんな風に思っていたのか……ちょっと傷ついたぞ」


「でも事実だろ」


「うぅ……その通りだ」


 成香は溜息を吐く。


「さ、最初は私も、友達を作って楽しく学生生活を送るつもりだったんだ。でも、緊張して上手く話せないし、目を合わせようとしただけで睨んでいると誤解されるし……き、気がつけば私は、不良だのヤクザだの散々なことを言われるようになってしまって……う、うぅぅぅぅ……っ!!」


 それは酷い。

 不運が不運を呼んでいる。


「私はどうすればいいんだ……なあ、伊月ぃ。頼む、助けてくれぇ……っ!!」


 涙目になって成香が懇願してきた。

 話を聞く限り、あまりにも可哀想な少女である。力になれるなら、なってやりたいが……と思ったところで、俺はポケットが震動していることに気がついた。


「わ、悪い。ちょっと席を外す」


 保健室を出て、スマホを取り出す。

 相手は予想通り静音さんだった。


『伊月様、今、どちらにいらっしゃいますか?』


「……すみません。生徒が倒れていたので、保健室に運んでいました」


『そうでしたか。授業中にも拘わらず、お嬢様との位置情報がズレていましたから、何事かと思いましたが……そういうことでしたらお咎めなしにしておきましょう』


「ありがとうございます」


『早めに教室へ戻ってください。人助けをするのは結構なことですが、お世話係の本分を忘れてはなりませんよ』


「はい」


 叱責されることを予想していた俺にとって、少々、拍子抜けのやり取りだった。

 というか……俺にも発信機がついているのか。


 とにかく今は、言われた通り早く教室に戻ろう。

 その前に、最後にもう一度だけ成香の調子を確かめる。


 保健室のドアを開けると、成香がこちらを振り向いた。


「なあ、伊月」


「何だ?」


「そう言えば、伊月はどうしてこの学院にいるんだ?」


 ……さて。

 どう、誤魔化そうか。


 成香は俺の家庭事情を知っている。

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