第12話 庶民寄り(当社比)

【前書き】

 申し訳ございません。一昨日に投稿した10話ですが、間違えて11話の分を投稿してしまいました。本当の10話は二つ前の話に差し込みましたので、そちらもお読みいただければ幸いです。


* * * *




『出るのが遅いですよ。次からは五コール以内に出てください』


 静音さんからの電話に出ると、開口一番に叱られた。


「……微妙に寛大ですね」


『学院で過ごしている間は、伊月様も急に対応できないでしょう。そのくらいは配慮します』


 五コールなら余裕がある。

 静音さんは単に厳しいだけではない。あくまで高い成果を求めているだけだ。今までのバイト生活で、俺は様々な上司のもとで働いてきたが、静音さんはその中でも群を抜いて良い上司だと思う。その分、厳しさも群を抜いているが。


『今、学院は昼休みですね? 伊月様がお世話係の仕事に慣れるまでは、昼休みにこうして様子を確認させていただきます』


「……ありがとうございます」


『お嬢様は傍にいますか?』


「はい。今はその、寝ています」


 膝枕している件については、わざわざ言わなくてもいいだろう。


『何か困ったことはありませんでしたか?』


「今のところは特に。……強いて言うなら、授業が難しかったです」


『では本日の予習は多めにしましょう』


「げ、藪蛇だった」


『正直者はよく伸びますよ』


 しかし馬鹿を見るとも言う。

 屋敷に帰っても、ゆっくりできそうにない。俺は静音さんに聞こえないよう小さく溜息を吐いた。


「そう言えば、さっき雛子様から聞いたんですが……今までのお世話係は、長くても三週間で辞めているんですか?」


『……その通りです』


 言いにくそうに、静音さんは答える。


「それって、何故なんでしょうか」


『今までのお世話係は、全てお嬢様の父君である華厳様の部下が務めていました。しかし華厳様の部下ということは、雛子様の部下も同然です。そのためお世話係を務める時も、どうしても使用人としての態度が前面に出てしまい……それが、お嬢様の機嫌を損ねることに繋がっていました』


「……雛子様は、使用人があまり好きではないんですか?」


『そうですね。使用人が……というより、堅苦しい空気が好きではありません』


 まあ、それは薄々察していた。


『此花家とは何の関係もない一般人をお世話係に採用するのは、今回が初の試みとなります。……次のお世話係に困っていたところ、お嬢様からの推薦があったため、こちらも半ば実験のつもりで貴方を採用しました』


「そういうことでしたか……」


 お世話係の任命から学院への編入まで、あまりにも迅速に事が進んでいたため少し不安になっていたが、此花家にとってもこれは実験のようなものだったらしい。アレコレ考える前に片っ端から試してみようという方針だったから、決断も早かったのだろう。


『学院での、お嬢様との関係はどのようになっていますか?』


「一先ず、親同士の繋がりがあるとだけ説明しておきました。多少は交流を持っても疑われないと思います」


『いい塩梅です。その距離感を保ってください。……密な交流を持った方はいますか?』


「まだ初日なので、あんまりいませんが……旭可憐さんと、大正克也とはわりと仲良く話しました」


『ふむ。旭さんと、大正さんですか』


 静音さんの短い相槌が聞こえる。


『旭様の実家は小売業……家電量販店を営んでいますね。ジェーズホールディングスという会社です』


「……聞いたことないですね」


 旭さんと大正は、自分たちのことを庶民寄りの学生だと言っていた。

 ということは、俺と同じようにそこまで大きな会社ではないのだろう。


『そうですか? ジェーズデンキは有名な店だと思いますが』


「……え? ジェーズデンキ?」


『はい』


 ジェーズデンキなら聞いたことがある。それどころか利用したことすらある。

 CMだって何度も流れているし、前の高校の同級生だって殆どが知っているであろうチェーン店だ。


「め、めちゃくちゃ有名なとこじゃないですか……!」


『そうですね。家電量販店としては、国内でも上位五社に食い込む売上です』


 おいおい……何が庶民寄りだ。

 とんでもないお嬢様じゃないか。


『ちなみに大正様の実家は、引っ越しのタイショウで有名な大手運輸業者です』


「そっちも有名ですね……」


『そうですね』


 裏切られたような気分だった。

 どちらも知名度が高い企業である。


『ご学友の家業は、よく話題にもなりますし、知っておいて損はないでしょう。今後も人脈が増える度に報告してください。ちなみに、伊月様の実家は表向きIT企業を営んでいることになりますので、本日からIT関係の勉強も行います。最低限のプログラミングは習得しましょう』


「……お手柔らかにお願いします」


『引き続きお嬢様の傍にいてください。何か問題があれば、すぐに私へ報告を』


 静音さんとの通話を終える。

 深く溜息を吐くと、雛子が真っ直ぐこちらを見つめていることに気づいた。


「伊月……どうかした?」


「いや、その、色々と自信が無くなってきたというか……」


 本当にこんな学院で、上手くやっていけるのだろうか。

 右も左も高嶺の花だらけ。いつかボロが出て、此花家に迷惑を掛けてしまうような気がした。


「あのさ」


「なーにー……?」


「なんで俺を、お世話係に任命したんだ?」


「んー……」


 少し考えてから、雛子は答える。


「伊月は……媚びないと思ったから」


「……媚びない?」


「ん」


 短く、雛子は肯定する。


「仕方ないなーって、思いながら……お世話してくれるところが、好き」


 前後の文脈が繋がっていないような気がする。

 寝ぼけているのかもしれない。


「午後の授業……休みたい」


「……駄目だ」


「えぇ~……」


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