第11話
ベッドと収納と机しかない静かなお部屋に若い男女が二人きり、これな~んだ?
一大事だよ!
待って!
落ち着いて、ボク!
なんでのこのこついてきちゃったの、ボク!?
「あ、あの、ヤシロ! つ、ついてきてはみたものの、ボクは別に、その……!」
「分かってるから、とりあえず落ち着け。適当にベッドにでも座ってくれ」
「ベッドに!?」
ベッドに座ったりしたら、隣に座られて、そのまま後ろに押し倒されたら……
「むゎぁあああ!」
「あーもう! 分かったから、そんな照れるな! 照れが伝染する!」
「全然照れてないけど!? 照れる要素も皆無だし!」
「ならその、かつてお前が全裸で布団に包まっていた懐かしのベッドに腰掛けろよ」
「照れるようなエピソードを思い出させるなぁぁあ!」
アレは不可抗力!
風邪を引かないために仕方なく!
っていうか、君がそうしろって言ったんじゃないか!
「ボクに指一本でも触れると酷い目に遭うよ? これでも、暴漢対策はみっちりと叩き込まれているんだからね!」
「あぁ、がっかりさせないように乳を死守しろってやつだろ?」
「ナタリアにしょーもないこと吹き込んだのは君だったのか!?」
ウチの給仕たちに影響力持ち過ぎじゃないかなぁ、君は!?
ヤシロの思惑にまんまと乗ってボクを館から追い立てた給仕一同を思い出してため息がこぼれる。
「今度は何を企んでいるのか、そろそろ教えてくれないかい?」
「あ~、もうちょっと待て。まだ準備が出来ないみたいだから」
「準備?」
なんだか、すでにやりきったような気の抜けた表情になっているヤシロの顔を覗き込む。
――と、すいっと顔を逸らして、ヤシロはボクから距離を取った。酷く疲れた様子から、これ以上は何も企んでいないことが察せられる。
どうやら、ボクをここに連れてくること自体が目的だったようで、その後は何をするつもりもないらしい。
……何もさせるつもりはなかったけどね、最初から!
「言っておくが、俺も被害者みたいなものだからな?」
「は?」
長持ちに腰を下ろし、不機嫌そうに頬を膨らませて頬杖を突くヤシロ。
言い訳がましい目でこちらを見上げてくる。
「文句はイメルダに言ってくれ」
「……イメルダ?」
なんだか、凄く碌でもない理由な気がする。
「けどまぁ、あんま怒んないでやれよ。手段はともかく、気持ちだけは嘘じゃねぇだろうから」
「ん?」
「……まぁ、もうすぐ分かる」
はぐらかすように窓の外へと目をやったヤシロ。
それとほぼ同時に、窓の外からベルの音が聞こえてくる。
チリーン、チリーンと。
「やっと準備が出来たみたいだな」
それを待っていたかのように立ち上がったヤシロは、ボクの前までやって来て手を差し出す。
「え……?」
「エスコートさせていただきます、エステラお嬢様」
「…………へ?」
見慣れた、イタズラ坊主のような笑みでボクにウィンクを飛ばしてくる。
差し出された手に自分の手を重ねると、どこで身に着けたのか貴族然とした完璧なエスコートでボクを食堂へと連れて行ってくれる。
急な階段を下りて、土が剥き出しの中庭を歩いているというのに、まるで宮廷の赤い絨毯の上を歩いているような錯覚に陥ってしまうくらいに上質なエスコート。不信感はあっという間に霧散していった。
「足元、気を付けろよ」
そんな些細な気遣いに、思わず笑みが零れる。
「……似合わないと、自分で思わないかい?」
「うっせ」
最上級のエスコートの合間に悪態を吐き合う。
ヤシロとだから出来る極上の時間をしばし堪能して、ボクは厨房を抜けて陽だまり亭のホールへと足を踏み入れる。
すると――
「エステラさん!」
「「「お誕生日、おめでとー!!」」」
パンッパパンッと、乾いた破裂音がして、細長い紙のテープと花弁が宙に舞う。
「……え?」
そこには、よく見知った顔が並んでいた。
たくさん。
それはもう、本当にたくさん。
窓と壁を全開にしてフルオープン状態にした陽だまり亭に収まりきらないくらいにたくさんの人がいて、こちらに笑顔を向けていた。
「…………え?」
ダメだ。
脳が思考を放棄して何も考えられない。
説明を求めるようにヤシロを振り返る。
……なに、これ?
「今日は、お前の誕生日だろ」
「たん、じょう……び?」
誕生日。
うん。確かに、ボクが生まれた日は十八年前の今日だけど、それが一体…………はっ!?
「誕生日!?」
「反応遅ぇな、お前」
これって……誕生日パーティー?
「エステラさんのお誕生日をナタリアさんに伺って、ずっとみなさんと計画していたんですよ」
にこにこと、満面の笑みを浮かべてジネットちゃんが教えてくれる。
あぁ、よかった。いつものジネットちゃんだ。
ボクを大切にしてくれる、ボクの心を包み込んでくれる、いつもの笑顔だ。
「先日はすみませんでした。エステラさんのお誕生日が近付くにつれ『喜んでもらえるかなぁ』って考えると、どうしても顔がにやけてしまって……ヤシロさんから、エステラさんを見かけたら顔を両手で隠して走って逃げろと」
「アレも君が吹き込んだことだったのかい!?」
結構ショックだったんだからね!?
「ち、違うんです! ヤシロさんだけではなく、計画を知っているみなさんに言われまして……『そのにやけ顔をエステラさんに見られたら一瞬で計画がバレる』って。わたしのせいでみなさんの努力やエステラさんのパーティーを台無しにしたくなくて……ごめんなさい」
「いいよいいよ。ヤシロの差し金だと思うと腹も立つけど、ジネットちゃんなりの思いやりだと思えば単純に嬉しいから」
「この、依怙贔屓領主」
「そーだよー。ボクは素直で可愛い子には贔屓をするんだ。ボクも人間だからね」
つーんとそっぽを向いて、改めてそこにいるみんなの顔を見渡す。
みんな嬉しそうにニヤニヤしちゃって、まぁ。
これだけの人がボクを驚かそうと、こんな計画に賛同して行動していてくれたのかと思うと……嬉しい反面、凄く照れくさい。
「エステラ様」
「ナタリア!? 君はモコカの取材で遅くなるって……」
「いいえ。『モコカさんから取材の依頼があった』『今日は帰りが遅くなる』という二つの報告を続けて行っただけです。取材は、今朝早くに済ませました」
しれっと言ってのける。
つまり、今日の計画を全部知った上でそういう紛らわしい言い方をしていたというわけだ。
すべては、今この瞬間、ボクをびっくりさせるために。
ちらりと視線を動かせば、ドヤ顔のイメルダが目に入った。
あぁ、そう。君が言っていた『会合』って、これのことだったんだね。
「随分と壮大な計画を練っていたようだね、ヤシロ?」
「今回の発案者は俺じゃねぇぞ」
「いえ、ヤシロさんですよね?」
「……そう。ヤシロが『エステラの誕生日はいつなんだ』とナタリアに聞いたのが始まり」
「それで、誕生日を知るや否や『……間に合うな』って計画練り始めたです」
陽だまり亭三人娘の指摘に、ヤシロは頬を引きつらせて視線を逸らす。
ボクがじっと見つめると、視線をきょろきょろ彷徨わせつつ言い訳を重ねる。
「違うぞ、エステラ。俺は普通にこじんまりとしたものにするつもりだったんだが、『領主なんだから規模は大きく』とか『どうせならサプライズにしよう』とか『失敗は死と同義と思え』とか言い出したのはこいつらだからな?」
ジネットちゃんが「誕生日を祝っていただけて、わたしとっても嬉しかったんです。それをエステラさんにもプレゼントしたいです!」と言い、ロレッタが「なら前回を超える規模にしないとダメです! なんたってエステラさんは領主ですから! 見劣りするのは失敗と同じです!」と張り切り、マグダが「……四十二区全体の一大イベントにするべき」と事を大袈裟にしていったという。
「ただ、領民全体を巻き込むとどうしてもボロが出るだろ? アホのモーマットとか、デリカシーのないウッセとか、存在がイラッてするベッコ辺りから」
「拙者の評価がただの悪口でござるよ!?」
叫ぶベッコにつられてモーマットとウッセもやかましく喚き散らすが、ヤシロはそれをまるっと無視する。
「だから、大詰めのラスト三日間くらいはエステラをポンコツ化させる必要があった」
「誰がポンコツだよ」
失敬な物言いをしながらも、ヤシロが落ち着きをなくしてちらちらとボクを見る。
なんだか、照れているみたいに。
「で、最大の戦犯であるイメルダが余計なことを言い出したんだよ」
ヤシロからじと~っとした目を向けられたイメルダがブロンドの髪をさらりと払い、胸を張って堂々と語り始める。
「生涯、モテたためしがないエステラさんですので、男性に好意を寄せられているかもと匂わせるだけで『えっ、ボクのことを? まさか!? でも嬉ぴ~! でもでも困っちゃう~! きゃ~どーしよー!?』とテンパって見事ポンコツ化すると踏んだのですわ! 名付けて、『どっきん! 恋の花咲かポンコツ化大作戦』ですわ!」
「悪意の塊かい、君は!?」
だ、誰がそんなことでわーきゃー取り乱してはしゃいだり…………ちょっとしちゃったけども! けどポンコツじゃない……はず!
「……で、なんでそれがヤシロなのさ?」
「それは俺も深く追求してぇわ」
「『精霊の審判』に引っかからない言葉を選びつつ、絶妙に匂わせるセリフを、さも真実のように思い込ませることが出来る自然な口調で、あえて聞かせるなんて芸当、ヤシロさん以外のどなたに可能だというんですの?」
「じゃあ、あのウーマロとの会話はわざと聞かせるための演技だったのかい!?」
まんまと騙されたよ!
ヤシロが、なんだか珍しく照れたり焦れたり真剣だったりしたように見えたのに。
あれも全部、演技?
「バ、バカヤロウ! あん時は、なんとかウーマロに押しつけようと会いに行ってたんだよ」
「オイラには絶対無理だって言ったんッスけど、しつこかったッスよねぇ、あの時のヤシロさん」
困り顔でウーマロが言う。
「そしたら、偶然エステラがトルベックの工房に来て、塀の向こうでどったんばったん音をさせるから、しょうがなく作戦決行となっちまったんだよ」
え?
バレてたの?
「塀の上からガッツリ頭見えてたもんなぁ……」
「やはは……オイラも気付かないフリするのが大変だったッス。どうしても視線が向きそうになって……」
バレバレだったっぽい?
「でもヤシロさん、あの時本気で照れてたッスよね?」
「気が重かっただけだよ」
ヤシロはよく人を騙す。
紛らわしい言い方だったり、情報を切り貼りしたりして相手に錯覚させる話術を得意としている。
けど、誰かの心に付け入るような騙し方はしない。
今回のように好意をチラつかせてこっちの心をかき乱すようなやり方は、言われてみればヤシロらしくない。
たぶんそれは、心を弄んで「残念、勘違いでした」って種明かしをした時に相手を悲しませることになるから。
ヤシロは、そういうやり方をあまり好まない。……のではないかと、ボクは思っている。
……まぁ、ボクは別に悲しんだりしないけどね!
「まぁ、そうだよね」「やっぱりね」「だと思ったよ」ってなもんさ。
……ホントだよ?
「ワタクシが『エステラのおっぱいをDカップになるまで揉みしだきたい!』と言えばエステラさんが有頂天になるのでは、と助言したのですけれど、採用されませんでしたのね?」
「イメルダ! 君はもうちょっと領主に対する敬意を持ち給え!」
「あら。ワタクシ、いまだ領民として認識されていませんのでしょう?」
くわぁあああ、可愛くない!
イメルダ、可愛くない!
「ヤシロもヤシロだよ。気が進まないなら、きっぱり断ればよかったのに、こんな役」
「うっせぇな……。会場が陽だまり亭だから、準備の間俺の部屋に閉じ込めておくのがベストだったんだよ」
領民の多くが陽だまり亭に駆けつけるため、準備が始まったらなるべくボクには表を出歩かれたくなかったらしい。
ヤシロみたいに器用な人間ばかりじゃないからね、この街は。っていうか、ヤシロみたいな卒ない人間の方が珍しいんだよ。
「それだけではありませんよ、エステラ様」
イメルダと一緒に悪乗りしている姿が容易に想像出来るナタリアが、すっとボクに近付いてくる。
きっと、嬉々としてボクの情報を教えていたんだろうね。ここ数日の予定とかも。
その上で給仕を束ねてボクを誘導するように腕を振るったのだろう。
まったく、ボクの給仕なら、有益な情報はボクにこそ流してほしいものだね。
給仕長としての再教育を考えているボクの耳に、ナタリアからの情報が流し込まれてくる。
「ヤシロ様は、ご自分以外の男性がエステラ様に思わせぶりな態度をとって、まかり間違ってエステラ様がその気になってのぼせ上がる様を見るのは非常に不愉快だとおっしゃって、最終的に引き受けてくださったのですよ」
…………え?
「ちょっと待てナタリア! その言い方は語弊があるだろ!? どこの馬の骨とも知れない中途半端な男に言い寄られて、まかり間違ってエステラがその気になったら領主って立場的に後々面倒なことになるって指摘しただけで…………ぬぉおおい、こら、エステラ! そんな面白い顔でフリーズすんな! そーゆーんじゃないから!」
「違うのになー! ホンット違うのになー!」と頭を掻きむしってのっしのっし歩き回るヤシロ。
ジネットちゃんたちがなんだか微笑ましいものを見るような目でその行動を見守っている。
……これって、結構本気でヤシロが止めたって解釈でいいのかな? 他所の男バージョンの決行を。……違うの、かな?
「んのぉおおう、そうだ、領主と言えば!」
手を叩いて大きな音を出し、ヤシロが無理やり話題を変える。
らしくもなく焦りが隠せていない。
「お前は領主だから苦労したんだぞ」
「部屋に連れ込むと外聞が悪いから、だよね?」
「連れ込む……っ、とか、じゃ、ねぇよ、アレは、隔離だ、隔離」
「そうじゃなくてだな」と、ヤシロが目つきの悪い目でボクを睨む。
なんだか、「余計なことは言うな」って言われてる気分だ。
「俺たちがお前の誕生日を盛大に祝いたいって言うと、お前は辞退するだろう? 『自分のためにみんなの手を煩わせる必要はないよ』って。『もっとささやかでいいよ』って」
それは、まぁ、そうかもしれないけれど。
「そのくせ、一人になるとジネットの誕生日と比べて『ジネットちゃんは人気者でいいなぁ。それに比べて自分は』ってうじうじするんだ」
「そんなことはないよ!?」
だって、ジネットちゃんはみんなに好かれているいい娘だし、ボクも大好きだし、人気者で、そんなジネットちゃんを祝いたいってみんなが自然と集まってくるのは納得出来るもん。
それに引き換えボクは、決して可愛げがある方じゃないし、領主としてもまだまだみんなに認めてもらえるような功績をあげているわけでもないし、四十二区の生活が改善されたのだって結局ヤシロの助けがあってのことだし、ボクなんか全然何も出来てないから……
それでもしジネットちゃんの時みたいに人が集まってくれるというなら、それはきっとみんながボクに気を遣っているからだとしか思えない。
ほら、こんなんでも一応領主だし、顔を立てて、みたいな? ナタリアやヤシロが気を利かせていろいろなところに頼んで回ってくれたりしてさ……そんな迷惑はかけたくないというか、そんなことをさせてしまうくらいならもっとささやかな会で…………あれ? ヤシロが指摘してるのって、こういうことなのかな?
「自分の心と向き合って気が付いたか? お前は自己評価が著しく低い」
「そんなことは……」
ない、と断言出来なかった。
そのとおりかもしれない。
「『自分なんかが』とか『自分だけ申し訳ない』とか考えずに、今日だけは幸せを独占しとけ」
幸せの独占……
周りを見れば、ボクを見つめる温かい瞳、瞳、瞳。
ボクは街のみんなを幸せにしなきゃって、そればっかり考えて……
いいの?
ボクが、こんな幸せを独占しても……
「エステラさん」
俯いたボクの肩に、ジネットちゃんが手を乗せる。
「ここにいるみなさん、全員が自主的に集まってくださったんですよ」
「自主的に?」
「はい。エステラさんの誕生日パーティーをしますよ~ってお知らせしたら、参加したいって」
両手を開いて大きく円を描くように動かし「み~んなが、です」と笑顔を浮かべる。
その向こうにいる『みんな』が「うんうん」と、こちらも笑顔で頷いている。
「エステラ、見ておくれな! これ、アタシが精魂込めて打ったナイフなんさよ! 自分で言うのもなんだけれどさ、超自信作なんさよ! 受け取っておくれなね!」
「あたしもね、カンタルチカを休みにするために昨日まですっごく働いたんだよ! あ、エステラに手伝ってもらった時にプレゼントも買ってきたの!」
「見てくれ、エステラ! あたい、初めてお菓子作ったんだぞ! 鮭じゃないぞ! ちゃんと甘いヤツなんだ! 食ってくれ!」
「ちょっとデリア! 『あたい』じゃなくて、『あたいたち』でしょ!? ほとんど私とシスターで作ってたじゃない!」
「ちょっとネフェリーさん! あたしも結構手伝ったですよ!?」
「私も~☆」
「ロレッタとマーシャはシスターと一緒に味見ばっかりしてたじゃない!?」
「エステラさん。味は私が保証しますよ。ネフェリーさんの言うように、たくさん味見しましたから」
見れば、みんな手に手に綺麗な包み紙を持っている。
シスターお墨付きのお菓子はちょっと楽しみだ。
あぁ、そうか。シスターもジネットちゃんと同じで、感情が顔に出やすいからロレッタやネフェリーが見張りについてたんだね。
「たんおめ、ぺたかわやで~、領主はん!」
にょきっと出てきたレジーナが「パンッ!」と音を鳴らす。
三角錐の入れ物から細長い紙のテープと花弁が飛び出して優雅に舞い散る。
これ、さっきのヤツだ。
「ぁのね、これね、れじーなさんとみりぃで作った『くらっかー』っていうんだよ。てんとうむしさんに作り方教えてもらったの」
花火に使った火の粉を使って作られたらしい『くらっかー』は、ちょっとびっくりするような音がするけれど、なんだか楽しい気分になれる道具だった。
「それで、レジーナ。さっきの何? 『たんおめ』とか『ぺたかわ』とか」
「『誕生日おめでとう』の略と、『ぺったん娘可愛い』の略やで」
「うん。前半だけありがたく受け取っておくよ」
後半は火の粉が引火して燃え尽きればいいと思うよ。
「あ、あの、オイラも、ププ、プレゼゼ……あぁああの、置いとくのであとで見てッス!」
「お誕生日の、贈り物やー!」
「領主様。僕とウェンディからもプレゼントを贈らせてください」
「みんな。……ふふ。ありがとう」
別にそんなに気を遣ってくれなくてもいいのに。
その気持ちだけで、ボクは十分嬉しいよ。
けど、なんだろうね。
やっぱ、プレゼントってもらえるとすっごく嬉しいね。
はは。現金だなぁ、ボク。
「……エステラ」
「マグダ」
……はっ!?
まさか、マグダのプレゼントって……『わ・た・し』!?
「……マグダからは、このリボンを贈る」
それは、あの日マグダが持っていた大きなピンクのリボンだった。
「これ、自分で使うんじゃなかったのかい?」
「……あれはフェイク。まさか、プレゼントを買っている現場で遭遇するとは思わず、さすがのマグダも慌てた。……ウクリネスは『ヤバい』ってお客のマグダを放っぽって一人で逃げた…………当分根に持つ予定」
あはは。
そうか、あれはそういう状況だったのか。
「けど、ボクにこんな可愛らしいリボンは……」
「絶対似合うと思います! 着けてみませんか、エステラさん!」
「えぇぇえ!? ちょ、ジネットちゃん!?」
「取り押さえるです!」
「あたいにまかせとけ!」
「ちょっと、みんな!?」
デリアとロレッタに取り押さえられ、強制的に椅子に座らされる。
ジネットちゃんを中心とした女の子たちに、マグダによく似合いそうな大きくてふわふわなピンクのリボンがボクの頭に着けられる。
……ボクには似合わないと思うんだけど。
「可愛い……。すごく可愛いです、エステラさん!」
うん。ジネットちゃんはそう言ってくれると思うけどさ。
「……うむ。マグダの見立てに間違いはない」
「これは、予想以上の攻撃力ですよ、エステラさん!」
「あんた、そういう女の子っぽいのも似合うさねぇ」
「エステラ、今度からそれ着けて街を歩けよ、似合うぞ。あたいが保証してやる!」
「エステラ、かわい~ぃ☆」
「えすてらさん、ょく似合ってる、ょ!」
「も、もう。お世辞はやめてよ……」
「ほんまや、幼女趣味が逆にエロスに……」
「レジーナは本っ気でやめてね」
女の子たちがきゃーきゃーと盛り上がってくれる。
頭の上でリボンが揺れる感触がして、なんだかくすぐったい。
なんとなく、本当になんとなく気になって、ヤシロの方へと視線を向ける。
ボクと目が合ったヤシロは少し眉を曲げた後、肩を軽くすくめた。
「あまりに人が集まらなかった場合は、ハムっ子大増員で水増しする計画もあったんだぞ。領主の初誕生日がみすぼらしいと四十二区の格が落ちるからな。だが、無駄になっちまったな」
まるで「せっかく用意したのに」ってクレームを入れるような口調で言う。
むっと口を尖らせると、ヤシロは逆にふっと頬を緩めた。
「愛されてるな、ウチの領主様は」
ぽんっと、リボンが乗った頭に手を置いてそんなことを言う。
そんな、嬉しいことを言ってくれる。
……まったく。
こんなタイミングで、ズルいことこの上ない。
「あと、似合ってるぞ。……そのリボン」
「……ぁうっ、そ……そう?」
まったく……ズルいこと、この上ない。
「じゃ、パーティーを始めるか! 食って飲んで、大騒ぎしようぜ!」
「ヤシロさん。大騒ぎではなく、お祝いですよ」
「おぉそうかそうか。じゃあ、それを始めようぜ!」
任務完了みたいな顔してボクの前から離れようとするヤシロ。
ボクをこんな気持ちにさせておいて、そのまま逃げられると思うのかい?
そんな勝ち逃げみたいな真似を、ボクが許すとでも……
「ヤシロ」
遠ざかろうとする背中に呼びかけ、服の裾を掴む。
ヤシロが振り返るのに合わせて立ち上がり、その胸へと飛び込む。
ざわっと辺りがざわめいて、ヤシロの体が一瞬で硬くなる。
ヤシロの胸に顔をうずめるようにして、心の底から湧き上がってきた素直な気持ちを言葉に乗せる。
「大好きだよ――」
言った後でトーンとヤシロの胸を突き飛ばし会心の笑みで言ってやる。
「――この街と、この街のみんなのことがね!」
んべっと、舌を覗かせてみせると、ヤシロは呆けていた顔を「してやられた」みたいな感じでくしゃっと歪めた。
ざまぁみろっ、んべ!
「さぁ、パーティーを始めようじゃないか、諸君!」
「「「ぅぉぉおおおお!」」」
本当に、紛らわしいことをしてくれたよ。
おかげでこっちはいろいろ大変だったんだからね。
けどまぁ。
「大好きだよ」と言った瞬間、ヤシロの心臓が「ドキッ」と大きな音を鳴らしていたから、今回だけは特別に許してあげるよ。――なんてね。
【5周年書き下ろしSS】ドキドキ☆タクティクス 宮地拓海 @takumi-m
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます