第7話

 一夜明けて、ヤシロが何かを決行するかもしれない日の前日。

 ……大通りに近付くのはやめておこう。

 なんだか、「ヤシロと一緒に何かやろう」みたいな雰囲気はまったくなく、そんなことしている暇もないんじゃないかってくらいにみんな多忙だった。


 だから、今日はもうちょっと暇そうな人間を訪ねてみようと思う。


「というわけでイメルダ。何か隠しているならさっさと吐いて」

「エステラさんは、日に日に小憎たらしくなっていきますわね」


 おほほと、笑顔の向こうに毒を含ませてイメルダが笑う。

 ふん。君に対する遠慮なんて、あのお祭りの日に完全になくなったよ。


「隠し事とおっしゃいますけど、ワタクシ、エステラさんに申し上げなければいけないことなんて何かありまして?」

「あるかどうかは知らないけどさ、何か思い当たることはないのかい?」

「何かと言われましてもねぇ」


 頬に手を沿え、お嬢様っぽく首を傾けるイメルダ。

 こうして見ると、本当にいいところのお嬢様にしか見えない。


「『毎日ふらふら出歩いて、暇なのかしら、この駄領主は?』と心の中で思っているくらいですかしら?」


 こーゆー可愛げがないところさえなければね!


「ちゃんと仕事を終えてから出てきてるんだよ、ボクは! 食事をとる間も惜しんで書類のチェックを終え、寝る間も惜しんで申請書の受理を終えたの!」

「そういう不摂生をしているから、いつまで経っても……」


 言葉を濁して胸元へ視線を向けてくる。

 ……何が言いたいのかな? いや、言わなくていいけどね!


「何か気になることでもございまして?」

「ん……実はさ」


 ゆったりとソファに腰掛け、こちらの話を聴く姿勢をとってくれたイメルダに、ボクは昨日の出来事を話して聞かせる。

 ジネットちゃんがボクを避けるなんてこれまでなかったことも。

 ……ヤシロとウーマロの話は伏せておく。


「だから、陽だまり亭で何かあったんじゃないかなぁ、って」

「嫌われているんじゃありませんの?」

「そんなことないもん!」

「……『ないもん』って」


 うっ、いや、そりゃちょっとムキになって思わず口をついて出ちゃった言葉だけど…………やめて、そんな呆れたような顔で見ないで。


「まぁ、あの店長さんが誰かを嫌ったり避けたりするとは考えにくいですので、何か理由があるのでしょう」

「だよね! ボクもそう思うんだよ。うん!」

「……そう思っていると言う割には、不安で仕方ないって顔ですわね」

「…………そう思い込もうとするほどに、ボクの中のネガティブが『ホントにそうかな? ケケケ』って囁きかけてくるんだ……」

「腹の黒いネガティブ人格を飼っているんですのね」


 そうなんだよ!

 ポジティブに生きようとしてるのに、ここぞって時にひょっこり顔を覗かせてボクの心を挫くようなことを囁くんだよ! ボクの中のネガティブが! ネガティブなことを!


「イメルダも、そういう経験あるだろう?」

「皆無ですわね!」

「いいなぁ、そのポジティブな性格!」


 イメルダみたいに豪胆になれればどんなにいいか。


「……師匠と呼んでいい?」

「思いの外、ダメージが大きいようですわね」


 だって……昨日からジネットちゃんと話せてないし。

 それに、あんな反応を見たら、もしかしてヤシロが言ってたことって、本当にそーゆー意味合いかもって…………


「そんなわけあるかー!」

「あら、ダメージは大きくないのですか。では、さっさとお帰りになってくださいまし」

「もうちょっと話しようよぉ!」

「……なんでこんなに甘えられていますのかしら、ワタクシ?」


 そりゃ、年齢も近いし、ボクに一切遠慮せずズケズケと物を言うのは君くらいだし。


「まだ若干、ウチの領民だと認めきれてないから領主としての観点で見ずに済むし」

「ワタクシ、もうとっくに三ヶ月以上四十二区に住んでおりましてよ!?」


 いやいや。

 君の家は四十区で、この館は別荘みたいなものじゃないか。

 お客様だよ、お客様。


「来賓としての歓待を受けた記憶もございませんけれどね」

「そこはほら、御近所のよしみでさ」

「都合のいい領主ですわね!?」


 は~ぁとため息をついて、「さっさと帰ってくださいませんこと?」と、イメルダが手を払う。「しっしっ」とするように。……失敬な。


「ワタクシ、明日大切な会合がございますの。今日はその準備で忙しいんですのよ」

「大切な会合? 内容は?」

「……エステラさん、口は堅い方ですの?」

「もちろん!」

「その絶壁な胸よりも……」

「もういい、もう聞かない! じゃ、さようなら! 邪魔したね!」


 まったく、マグダと同じようなこと。

 腹いせに、出されたお菓子を全部口の中に詰め込んで席を立った。


「貴族らしい慎みとマナーを身にお付けなさいまし!」


 という、母親みたいなイメルダの小言を聞き流しボクはイメルダの館を出た。





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