第76話 ただ強くなりたくて

「おのれ……小賢しい真似を……」


 ナーフの胸から血が滴れていた。


「愛の力ですわ!」

「そーだね!」


 ナーフは胸に手を当て、肩で息をしている。


「なーにが、愛の力なんだろうねぇ」

貴女あなたには愛する人が居ないかしら?」

「あぁ……殺したねぇ」


 俺は耳を疑った。愛する人を殺した? そんな事が有るのか?


「あいつは喜んで死んでくれたねぇ。私が強くなる為なら、ってねぇ」

「有り得ませんわ!」

「あたいも信じられなーい!」


 二人の言う通り、有り得ないと思う。そもそも、本当の話なんだろうか?


「本当の事さ。泣きながら言ってくれたねぇ」

「……違いますわ!」

「何が違うんだろうねぇ?」

「その方は、貴女の事を本当に愛してたと思いますわ……ですが……貴女は彼の事を愛しては……」

「愛してたさ! 殺したい程ね!」


 ナーフは激昂して叫んだ。


「殺したい程……? どうして殺したくなるの!? 殺したら愛する人が消えるのですよ!? 愛せなくなるじゃない!」


 レティシアもナーフの理屈に怒りだす。


「死んでも愛せるだろ? 私の心の中で生きるのさ!」

「心の中に居るのは貴女の想像ですわ! 実際に生きている人とは違いますわ!」

「私は殺したかったんだよ!」

「病気や事故で亡くなった人を、心の中で愛するのは分かりますわ……でも自ら手を下すなんて……」


 レティシアは、ハッと何かに気付いた様な顔をしてナーフに質問を続ける。


「貴女……操られていたのでは?」

「私が操られてボルクを殺した……?」


 ナーフの動きが止まり、頭を抱えだして苦しむ表情を見せる。


「ち、違う、私はボルクを殺したくて……」

「そんな筈は有りませんわ! 愛する人を殺したいなんて……」

「うぅ……だ、だまれっ!」

「だまりませんわ!」

「私は強くなる為に……殺した……うぐっ……」


 発言する度に、苦悶の表情を見せるナーフ。

 やはり、洗脳されているのか?


「貴女が強くなりたいのは本当ね。でも、殺したいのは本心では無かった……でも操られて彼を殺した。違いますの?」

「そ、そんな馬鹿な……ボルク……」

「では、その涙は何ですの!?」

「え……私が涙……何故?」


 ナーフは自分の涙を拭い、自分の目で確かめると震えだした。


「……涙……ボルク……うわぁぁぁ!」


 ボルク……彼の名前だろうか? それよりも錯乱状態のナーフが気になる。


「殺す殺す殺す!」

「皆さん! 一斉攻撃を!」


 レティシアの号令で一気に畳み掛ける。


「とりゃ! うおっ……」


 全員、見えない壁に攻撃を弾かれ、うまくダメージを与えられない。


「む、いかん! 一旦離れるのじゃ!」


 ナーフは悲しみと怒りのせいか、淀んだオーラを身に纏っている。


「魔力がナーフに集まっておるのじゃ!」


 確かに……気を抜けば、俺自身もナーフに吸い込まれそうな感覚だ。


「おおぉぉぉ……」

「レティシアの名に於いて命ず、光の精霊達よ、我が無数の矢となり敵を滅ぼせ!」

「いかん! 駄目じゃ小娘!」


 クリスの制止も間に合わず、レティシアは魔法を発動させた。


「多重の魔矢!」


 無数の魔法の矢がナーフに襲い掛かり、全てナーフに被弾……が、効いている様子は無い。


「どう言う事ですの!?」

「魔力を吸収されたのじゃ」

「そんな……」

「レーちゃん、やっちゃったね……」


 ナーフは泣きながら唸り続ける……その涙は赤色に染まっていく。


「血の涙!?」

「これは一体、何ですの?」


 気が付くと、ナーフの目の前には小さな赤い球体が……血の涙で生成した?


「高濃度の圧縮された魔力じゃが……妙じゃな」

「何が妙なの?」

「ナーフ本人の魔力が薄れる感じがするのじゃ……まさか……」


 自分自身の魔力も、あの小さい赤い球に吸われてるって事?


「落ち着いてくださいまし!」


 レティシアが必死にナーフに呼び掛けるが、全く聞き耳を持たず唸り続ける。


「おおぉぉぉ……」


 気が付くと、ピンポン球ぐらいだった赤い球は、ソフトボールぐらいのサイズになっていた。

 ヴァージュが球に向かって斬り付けるが、全て弾かれてしまっている……これは何かマズい気がする。


「彼女、自暴自棄になっておりますわ!」

「何とか止めぬと、あやつ自体も危険じゃの」

「あの赤い球……何だろう?」

「あれを攻撃に使うとなると、この辺り一帯が吹っ飛ぶのじゃ……」


 ナーフが唸り続ける限り、赤い球は大きくなっていく。


「蓮斗さん、彼女の身体が……」


 か、顔が……ミイラの様に……。


「そろそろ逃げた方が良いと思うのじゃが?」

「赤い球を何とか出来れば……」


 でも、時間が無い!


「ヴァージュ、影に戻って! レティシアは……俺を信じて魔袋に入って!」

「あい!」

「分かりましたわ!」


 レティシアは自ら俺の魔袋に入った。


「これで最悪二人は守れるのじゃ、やるのう蓮斗」

「ま、まあね」

「で、儂らはどうなるのじゃ? 封魔の籠手こて程度では防げぬぞ」

「ちょっと考えがね……」

「ほう……」


 俺はナーフに向かって、両腕を差し出して構えた。




 ナーフ……可哀想だな。

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