第194話 もう一人

今までとは違う殴り合い。

リンが動きが遅いながらも戦闘しながらの魔力支配が安定してきたこともあってきくのはリンに攻撃を行い防御の動きも教え始めた。

少しずつ、少しずつ、リンは先を行く。

それに我慢ならない者もいる。

魔術師とは想像力の獣。

自分を中心とした世界を持つ者。

故に、子供たちの中で最も魔術師らしい彼は跳躍する。

既に基礎の練習は行っていた。

自分よりも先を行く少女を見つめていた。

何かを掴んだその瞬間を見ていた。

見るだけで出来るほど自分が天才でないことは知っている。

けれど、それでも、彼は紛れもない天才で、誰かのためと口にしながら根底には自分でも気づかないような譲れない自分がある。

組み上げられた安定した土台。

センスと意地で積み上げて、彼は数歩先へと飛び込んだ。

きくのは背後からの攻撃をくるりと避け、腕を相手にぶつけて笑った。

腕で防いでそのうえ平然としてる。


「さすがだねアルト。君なら一足飛びでやってくると思ったよ」


きくのの予想通りにアルトはランニングからそのまま攻撃どころか防御までしてみせた。

そこにあるのは魔術師としての意地。

万能の魔術師と呼ばれた彼が受けた敗北の連続。

それが今、センスを研ぎ澄ませ、一歩先へと進むための力となった。

一瞬の目配せ、二人は息を合わせてきくのとの戦闘を始めた。

魔力支配ではアルトが上をいき、武術ではリンが上をいく今だからこそ成り立った息の合ったコンビネーション。

しかしそれもやがて終わりがやってくる。

ガクンと、突如としてアルトは膝をついた。

そのすぐ後にリンが前に倒れ込む。

魔力支配はまだ途切れていないが、明らかに何かがおかしい。


「兄さん解いて」


魔力の海から抜け、魔力支配を解く。

同時に二人の身体は地面に落ちた。


「魔力支配が楽になったことで、自分たちの疲れを認識できなくなっていた。それが君たちが今倒れている理由だよ」


答える余裕は今はもうない。

ただ意識が閉じていくだけ。


「…………まぁいいか。一旦休憩にしよう」


無論他の者は走りつづさせているが、二人だけは無理やり起こすことはせず一旦の休息となった。

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