第195話 降臨

子供たちが寝静まった修練場に、それは突如として現れた。

私はここにいるぞと叫ぶような、隠す気のない駄々洩れの巨大な気配。

すぐにきくのは咄嗟に張れる最大限の結界を張る。

異能と魔術の合わせ技、これ以上ないほどの出来。

術廉みちかどは結界の外で臨戦態勢。

今までとはまるで違う、闘技場でアーテルと戦った時とは違う遊び心を捨て去った完全な全力。

クロイは立ち上がりすぐに動けるよう警戒するだけに留めてそれを見つめる。

暗い暗い修練場の中、それは転移と見紛う速度で移動した。

腰を折り、眠るアストロに手を伸ばす。

クロイの手が、それの胸元で止められる。

動きを止めたそれは薄く笑う。


「咄嗟に僕を攻撃しようとして、僕がこの子を攻撃するはずがないと理解して止めた。偉いねクロイ」


舌打ちをしてクロイは下がる。

アストロを護る必要がないと結論付けたのなら、今度は他の者たちを護るために注力するのみ。

初めから三人は、薄気味悪い少年の正体に気付いていた。

三人が協力を選択するほどの相手。


「ゼウス、こんなところに何の用だ」


元最高神ゼウス。

かつて魔王アマデウスらの手によって滅ぼされた最強の神。

神々と人の戦争に敗北した後、ほとんどの神々はその身を人のものにまで落とし人に混じって生きていた。

ゼウスもまたそうしていたが、今突如としてこの場に現れた。


「用って、父親が子供に会いに来るのがそんなに不思議かい?」


「お前にまともな理由があるとは思えない」


かつて不必要と判断した世界を破壊して回った相手、改心し価値観や考え方が変わっているとはいえ、まともな相手とは認識できなかった。


「常識に何の意味がある。大事なのは自己であろう」


その気配は初めから少年のそれではなかったが、その気配が今は威圧へと変わっていた。


「群で生活をしながらも結局のところは個である。だからこそ動く者もいればそれを止める者もいる。己の正義と相手の正義のぶつかり合い、それこそが人という種である。だから我も、人として自由を謳歌する」


「なら、お前を止めるのも俺らの自由だよな」


「これは教育だよ。部外者に立ち入られるものじゃない」


ゼウスが行おうとしているのは力の付与。

アストロの身体には魔術と異能両方の力が備わっているが、ゼウスはそのバランスを異能側に大きく傾けようとしていた。


「なぜそんな真似をする。必要とは思えない」


「この子はウラノスのもう一つの血筋に強く惹かれている。けれどその先に未来はない。なにせこの子は僕の子だから。この道こそが、この子が最も強くなれる未来に続いているのだから」


強さという言葉を前に三人は否定できない。

子供の頃の苦しみや悲しみ、その全てが自分の弱さゆえのことであったから。

経験が強さを肯定してしまっていた。

ただ見ていることしか出来ない。

理由を失った三人はアストロの頬にゼウスが触れ、その力の一端を与えるのをただ見つめていた。

ゼウスの言う教育が終わり、アストロから手を離す。

ふとゼウスは呟いた。

思い出したように、それでいて初めから計画されていたように。


「ツクヨミとスサノオ。そして全てを呑みこむ闇」


警告のようなその言葉に、三人は緩みかけた警戒心を締めなおす。

音はなく、気配を気取ることもできず、本能すらもすり抜けた。

その眼だけがギリギリで捉えた動きを反射だけで対応する。

バチンと力強く掴む音が同時に三か所で鳴ったかと思うと、三人に増えたゼウスが三人の眼に向けた手を掴んだまま崩れるように膝をついた。


「「君たちの眼は珍しいからね、欲しいなと思ってたんだ」」


現人神の神眼と異界と繋がる眼、抉り取ろうとしたがその手は止められた。

しかし二撃目、腹へ放った攻撃は三人とも防ぐことができなかった。

本来であれば腹に穴が開いても異能や魔術で無理やり体を動かしてでも戦闘態勢を解くことはない彼らだが、全知全能の異能力者ゼウスが相手ではそうもいかない。

腹にできた傷は異常であった。

その詳細は不明だが、身体から力が抜け、異能や魔術の狙いが定まらずうまく操作することができない。


「「けど、一撃目を防いだことに免じて取らないであげる。眼を残してあげたんだから、僕の遊び相手として精進してね」」


見逃された。

屈辱だが、それ以上にこんなことがまた起きるという予告をされてしまいもうそれどころではない。

言い返す余裕もなく、この場から消えるゼウスを見送った。

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