第160話 魔導書
「落ち着いてきたかい?」
「正直まだ、現実が受け入れられていませんが、話を聞けるくらいには」
事前に常識の崩れるような相手だと聞いていた。
わかっていても、心の準備をしていても、天才というのは往々にして想像を超えてくる。
「では始めよう。君たちは付喪神というものを知っているかい?知らなくても構わない、これから教える」
付喪神というのはある国に昔から伝えられている、長年大切に扱われた物には魂が宿るという話だ。
魔導書とはまさしくそれで、ただの本が長年濃密な魔力に充てられたうえで大切に扱われると魂を手に入れ魔導書となる。
意思を持つ本と言われてはいるが、実際は魂を持つ本であり、本の姿をした魔術師だと言ってもいい。
魔導書の魔力は持ち主とは別であり、魔導書を使う者との戦いは、実質的には二対一となる。
「まぁ基本的には持ち主に従うだけだから魔力量と魔術の選択肢が増えるくらいで大した脅威ではないがね」
「脅威じゃないって…………だったらなんでそんなに集めて研究してるんですか?いったいどんな可能性を感じているんですか?」
魔術師として思えばリブが魔導書を脅威でないというのも理解できないことではない。
リブからすれば魔術師が一人増えたところでさしたる違いはないのだから。
そしてだからこそ理解できない。
魔導書に意識を割くくらいなら他の魔術を使った方がずっといいはずのリブが魔導書の研究を行っているということが。
「確かに一冊の魔導書は脅威ではないが、それがもし数十冊となればどうだい?」
数十冊の魔導書。そも存在するかすらわからなかったものをそれだけの数かき集め持ち主に選ばれ使いこなす。
遥かに遠くに感じるその言葉を前に絶句した。
「といってもさすがにそれだけ多くを操らないといけないのなら普通に魔術を使った方がずっと良い。だからこちらが本命、より強い魔導書を作り上げる。これこそが私の研究だ」
「…………え…………え?魔導書を作る⁉」
「魔導書って作れるものなんですか⁉」
耳になじまないその言葉に完全に反応が遅れるも常識を崩すような衝撃には慣れてきてまともに聞き返す。
「作り方は簡単だ。膨大な高純度の魔力で満ちた部屋に置かれた本を毎日のように読み、そして大切なものとして丁重に扱えば、百年以上かかるが作ることはできる。まだそれだけの年月が経っていないからできるはずだと言わせてもらうがね」
「百年以上…………」
「一応すぐに作る方法はあるが、人の魂を本へと封じるというもの。学園長はできるかもしれないけれど、それをあなたは嫌うでしょう?」
「無論だ。儂が魂にまで干渉するようなの魔術師となったのは全てを助けることはできずとも、今目の前で死に逝く誰かのことくらいは助けたいからと思ったから。決して誰かの命を奪い取るためではない」
「というわけだから、魔導書を作ろうとしても完成するのは孫子の代。君達の武器とするには残念ながら時間がかかりすぎるからそのあたりは諦めたまえ」
これで説明は終わり。
アルトの魔力支配が魔導書による攻撃に通用した理由も、ガイストの魔術が魔導書を封印することができた理由も理解した。
けれどまだ聞いていないことがある。
「リブさん。貴方はその十冊の魔導書をどこで手に入れたんですか?」
存在することが疑わしい魔導書を一冊どころか十冊手に入れるなどあり得ないこと。
偶然でないとするならばそれを知ることで魔導書を手に入れることもできるはず。
「…………この世に現存する魔導書の数は千冊ほど。その八割から九割ほどを所持しているのがハンスの師匠である男だ。私の持つ魔導書は彼から借りているものであり、私は魔導書に認められているわけではない」
「ならその人はどうやってそれだけの魔導書を集めたのですか?」
上には上がいるのはもう今更。
驚いている時間が惜しいと畳みかけるように質問する。
「三千年近く眠っている間に勝手に集まっていたそうだ。つまりは三千年の間に魔導書達は同じ人物を持ち主として選び集っていった。選ばれる立場を経験している君ならわかるんじゃないか、ギフト君?」
「…………ええ、魔導書は選んだ相手の前に突如として出現します。だから目が覚めるまでいくつもいくつもたまり続けるのもない話ではないかと、ましてあの勇者ハンスが師匠と敬うような方、数十数百の魔導書が選んだと言われてもおかしくないと思えてきます」
自分が魔導書に選ばれた日の光景を想起しながら数百の魔導書に選ばれたという男に思いを馳せる。
「ちなみにすでに存在している魔導書は魔導書を研究対象とみるような私や学園長のような人を選んではくれない」
リブの言葉に何人かが自分も選ばれなさそうだなと思いながら、今度こそ魔導書についての授業は終わった。
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