第159話 理解の外

「…………どうやったんですか?」


修練場の真ん中にはあの森にあったはずのリブの家が建っていた。

地面に陣を描き、魔力を籠め、突如としてそこにそれは現れた。


「ただの転移だよ。あまり人に見られたいものではないから、向こうで用意しておいたんだ」


転移をただのというリブの感性にも少し慣れてきてわざわざ反応もせず会話を続ける。


「その陣が転移をさせるものということで?」


「これはただ位置を指定しているだけ。転移魔術は私の心臓に刻印されている」


「心臓に刻印って…………」


「刻印魔術は相手に見られればどんな魔術を行使しようとしているかがばれてしまう。それに、刻印魔術はおいそれと人に教えていいものじゃない。隠したいものは隠しておかないと」


何をしようとしているかというよりも、それがどういった意味を持つ文字なのかを理解させないために隠している。

刻印魔術とは、その文字とは、世界に干渉するもの。

悪の手に渡ればそれ相応の未来が待っている。

だからこそ解読できた者として刻印魔術はその多くを包み隠していかなければならない。


「でしたらその腕に刻印されているものをこそ隠すべきでは?」


「いや、これは構わない。書かれている文字の順番がバラバラになっていてね、見ただけじゃどうやっても解読できないようになっている」


それでどうやって刻印魔術を行使するのか、その疑問には既に答えられている。

部分的に魔術を籠める。

それができるからこその天才。

アルバと共に今の時代に伝えられている生きる伝説であった。


「私がどんなことしてるのかというのは今はどうでもいいこと。もともと私は魔導書、グリモワールについて教えるためにここに来たのだから」


そう言うとリブは家に入る。

それからしばらくすると、突如家の中からあふれかえるような魔力を感じた。

何が起きたのか、何が起きるのか、ただひたすらに魔術師達は警戒する。

再び家の戸が開き、リブが外へ出てくる。

時間が止まるような衝撃を受けた。

理解できない。

信じられない。

目の前の光景は、常識の外側どころの話ではない。

学園長達が不老であることは噂として流れていた。

ハンスという勇者、アルバとリブという魔術師のことも、伝説として残っていた。

だからこそ単純な強さには驚いたとしてもここまでの衝撃はなかった。

イフの家に伝わり、ギフトの手に渡った魔導書。

ただその一冊のみが、この国に存在する魔導書のはずだった。

それもそのはず、連綿と受け継いできたその一冊を残し、他の全ての魔導書は三千年前に消失し、後世にはその一切の情報が残っていなかったのだから。

その魔導書が、今目の前に存在する。

それも一冊どころか十冊の魔導書がただ一人の女性の手に乗せられていた。


「驚くのも無理もない。けれどどうか落ち着いてほしい。今のままでは、話をしたところで身にならないだろうから」

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