第161話 最強の魔術師

「お前らさぁ、もうちょい祭りを楽しんだらどうだぁ?」


修練場の戸を開き、尊大な態度で入ってきたフロンテはその視線をリブで止めると、笑みを浮かべて地を蹴った。

そして、右腕がはじけ飛ぶと同時にその動きを止めた。


「彼は?」


「私の兄のフロンテです。それで、今回は何をどうやったんですか?」


見ればわかる、フロンテは自身でその動きを止めたのではない。

戦闘を仕掛けた相手、リブによってその動きを止められたのだ。

であればどうやったか。


「魔眼で彼の中の魔力の流れを止めた」


「…………まさかとは思いますがさっきも一瞥するだけで勝てたんですか?」


「魔力が止まれば意識も止まる。何が起きたのかも何が起きているのかも理解できないだろう?」


引き出しの多さにもはや何がないのかと探してしまいそうになる。


「まぁ乱入者のことは放っておいて。リン君、魔眼の使い方を教えよう」


リブは自分を襲ってきたフロンテのことなどもう忘れ、一番気にしていたリンの傍に近付きその目をのぞき込む。


「さぁ、やってみて。君は一体何が見える?」


そう口にするリブに背筋を震わせる。

まるで研究対象となったような感覚。

信用も信頼もしているし、尊敬だってしている。

けれど目の前の天才は優しさ以上に恐れを感じさせた。


「…………はい、わかりました」


恐ろしくとも、その先にあるのは強さだから、リンは自身の最上級の強化魔術を掛け、魔眼を発動させた。

そして見えた光景はどうしようもないほどに怖いものであった。

眼をのぞき込んでくるリンの肉体。

刻まれた魔術の数々。

巡る膨大な魔力。

肉体の隅々まで隠された無数の礼装。

そして何よりも、肉体の内側こそおぞましかった。

臓器の一つ一つが一種の礼装となっており肉体に様々な加護を与えている。

衝撃に打ちひしがれ、恐怖に腰を抜かしそうになっていると、リブの背後に光を見た。

同時にリブに視界を手で塞がれると強化魔術を、魔眼を強制的に停止させられる。

そして次の瞬間、背後を振り返ったリブの頭部を魔術が貫いた。


「こっちの天才は、不意を突けば殺せるのな」


回復を終えたフロンテが、リンの魔眼の解析に集中していたリブを狙って攻撃を行った。

紛れもない不意打ちであり、そして何より今は戦闘を教える時間ではない。

しかしクロイという天才に教えられていたからこそ、どんなタイミングであろうと殺すことのできない相手を知ってしまっていたからこそ、あまりに非常識なタイミングで攻撃を行ってしまった。


「………いったぁ………………」


しかしリブは、少しやっちまったと思い苦い顔をしているフロンテを他所に額から後頭部にかけて魔弾が貫通したにもかかわらずただ普通に額を押さえて痛がった。


「嘘だろ、今ので死なないのかよ」


「君も死なないのだからそう驚く必要もないだろう?それに君がそこまで申し訳なさそうにする必要もない。本来なら魔力の高まりだけで防御するべきところをわざわざ振り返って確認しようとした私のミスだ」


そうして普通に会話をしていたのもつかの間、壁際で眺めていたクロイが異能を発動させ声を上げた。


「ノア、全力で結界張れ‼」


クロイの言葉に急ぎ杖を空間に打ち付け複数の陣を描き自身最高の結界を構築した。

クロイはすぐさまその結界の内側へと子供たちを非難させる。


「俺が必ず護り抜く。だから、お前らは全神経集中させて見とけ」


クロイの言葉の意味はすぐに分かった。

突如として修練場は押しつぶすような不気味な魔力によって埋め尽くされる。

怒りと殺意が、肌を通して魂の底まで伝わってくる。


「死ね」


小さく、それでいて修練場内の誰もに届く声。

静かでありながら力の込められたその声は、聴いただけでその通りになってしまいそうであった。

ガクリと膝を落とす子供たち。

その視線の先で、フロンテの身体は解け崩れていく。

身体の中心に現れた黒点が空間ごと身体の一部を飲み込むと、修練場内を埋め尽くしていた魔力は消失した。


「ノア、もう大丈夫だ」


クロイの言葉に結界を解き地面に腰を下ろす。


「今のは、アルバか?」


今の魔力をノアは知っている。

その昔互いを兄弟であると知らなかった頃にハンスとアルバが殺し合った際の魔力によく似ていた。

あの日のアルバは自身に対する怒りと殺意によって魔力を変質させていたが、此度は最愛の人を傷つけられたことによって変質させていた。

細かな差異あれど、間違えるはずもない孫の魔力であった。


「知ってるか?ハンスとアルバは今眠ってるんだ。周りのことなんか一切何もわからない。にもかかわらず、意識の覚醒していない状態で、この場所に魂ごと殺すような魔術を放って見せた」


クロイは笑う。


「最高だよなぁ」


戦いたくててしょうがない。

否定したくてしょうがない。

万能を、正面から叩き潰したくてしょうがない。


「今のが…………賢者アルバ?」


ようやく声を出せるようになったギフトが震えながらに口にする。


「ああ、そうだ」


クロイは空中に黒点を作り出しながらそう答えた。


「想像と違ったか?もっと聡明な奴だと?まさか、あいつも普通に怒るし、最愛の人を傷つけられれば今みたいに歯止めが利かなくもなる。特に今回は意識がなかったからしょうがない」


何もかもが想像とは違っていた。

どういう人かなんてのはわからないし、どうれだけすごいかだって伝え聞いただけ。

想像を超えていた。

魔力量も、その魔力の質も、そして魔術を行使する意思が、何より強かった。

その日初めて、天才と謳われた魔術師達は本物の天才を見た。

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