第138話 魔術師
「お前イリスふざけんなよ!」
王城ではクロイが非常にわかりやすく怒っていた。
「私の判断は間違っていなかったはずだよ」
「お前は俺の眼が潰れることが最善だとそう言うわけか」
「ああ。君はあの場において邪魔でしかなかったからね」
何のためらいもなく、それが当然の事であるようにイリスは言い放つ。
「それと一つ言っておこう。私がここに来たのは愛弟子に会うためだ。妻と少し観光をすることはあっても、君達の講師役を引き受ける気はない」
「魔術の一つくらい教えてやれよ、最強の魔法使いなんだから」
「…………そうだな、しいて言うのであれば、修練場や闘技場程度の広さの場所で使う魔術は一秒で行使できるようにしなさいくらいかな」
クロイは理解しがたいという表情でイリスを見つめる。
確かにあの程度の距離では魔術を行使するまでの時間が長くては先手を取られる。
だが、だからといって複数の魔術を一秒に収めるのはいくら何でも酷というものだ。
「おいイリス、無理難題吹っ掛けるにしても相手を選べ。お前はお前の規格で話を進め過ぎだ」
「私は私が規格外の天才であることをよく理解している。だからこそ私は、決して出来ないことを要求しない」
そんなことは知っている。
彼らがその無理難題をこなせることなどわかっているのだ。
けれど。
「お前は、こんな子供たちに…………その人生の全てを魔術に捧げろとそう言うのか」
全てを捧げて、全てを懸けて、全身全霊で燃え尽きてしまうほどに今も未来も全て差し出して
それをこんな年端もいかない少年少女に迫るなど、到底許されることではない。
「魔術師とは総じてそういうものだよ。私も、アルバも、凡人であったリブも、誰一人として変わらず魔力と魔術に縛られてきた」
「テメェらと一緒にすんなってのが」
「わかりました」
規格外の天才を前に増していく苛立ちを隠す気もないクロイの言葉を遮って前に出た者がいた。
「私がなります。この国最強の魔術師に」
「なら‼」
「ギフト、これはそういうことじゃない」
自分もと、そう言おうとしたギフトをアルトは優しく止める。
「学園長が不老となったように、アルバとリブが伝説として語られるように、魔術師はきっと普通ではいけない。もう二度と、今までの日常には戻れない。日常を捨てるのは、私だけでいい」
「素晴らしい。素晴らしい心意気だよアルト。君を最も新しい私の弟子として迎え入れよう」
「ふざけんなテメェ‼」
優しい微笑みと激しい怒り、怒鳴るクロイを制しイリスの前に立ったのはノアだった。
「若造が、儂の可愛い生徒に手を出すな」
実力差などわかりきっていた。
それでも尚、老兵は出鱈目の前に立つ。
その背に護るべきものがあるから。
「いいよ。君に免じてアルトの言葉は聞かなかったことにしよう」
あっさりと引いたイリスをクロイは睨み続ける。
「才能はともかくいい魂を持っていたから、戦闘だけならリブを超える魔術師を作れると思ったんだけど」
その言葉を聞いたと同時にクロイは異能で限界まで加速し、不意打ちで蹴りを放った。
しかし蹴りは無数の茨に防がれ、脚に茨が巻き付いてくる。
無理やり引き千切り距離を取るクロイには、もはや笑うしかないというほどの焦りがあった。
「ずっとずっとずっとずっと、私のイリスにそんなにも熱い視線を、熱い想いをぶつけて、ついには行動にも移して…………許さないんだから」
ずっとずっと静かだったイリスの妻であるローズが動き出した。
無数の炎で形作られた茨を背に宙へと浮かびクロイを見下す。
「ざっけんな、誰があんな…………やべっ」
「私のイリスを、そんな風に言うなー‼」
波のように押し寄せる茨にクロイは呑み込まれた。
「クロイ、君以外は護ってやるから存分に戦いたまえ」
イリスの言葉に茨の中から声が返ってくる。
「うっせぇな、あいつ傷付けたらテメェ俺を殺すだろうが」
「まさか。死んだほうがいいと思えるほどの苦痛を与えて、殺してくれと懇願されても生かし続けるよ」
「クソッたれが‼」
広い玉座の間、端まで距離を取り眼帯を外す。
押し寄せる茨を消し飛ばし一瞬にしてクロイは距離を詰め、ローズの目を覗き込む。
次の瞬間ローズは眠りにつく。
そしてクロイは拍手をしながら近づいて来たイリスによって吹き飛ばされた。
「実に見事な無力化だったよ」
「うるせー。多分しばらくは起きないから、ってなにして」
イリスがキスをするとローズはすぐに目覚めた。
「魔女はキスで目覚めるものだよ」
「それはお姫様だろうが」
「ふふ、違いない」
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