第137話 夏祭り
去年と同様皆が目覚める頃にはすでに屋台が立ち並んでいる。
いつもと違うのはその屋台に料理が並べられているだけではなく、第二学園の教師陣が屋台の内側で並べられる料理を作っているという点だった。
目を擦り、数度のまばたきの後辺りを見回すと再び数度まばたきをする。
現実味の無いその光景を人々は現実であることを理解した。
今年の夏祭りは実に賑わった。
今までとは違い、皆ゆったりと歩いて巡るのではなく、忙しなく駆け回り、凄まじい熱量で料理作業を見つめる。
夏祭りは年に一度、次にみられるのは来年になるかもしれないからと、誰もが食い入るように観察する。
彼らが料理という研究に本格的に取り組むのは明日から、今日はただひたすらにできる限り多くの料理を目に焼き付けるべく走り回るのであった。
「思っていたものとは違うが、祭りは大成功だな」
「んなわけねぇ」
ノアの言葉を否定するのは、トーカの一件があってからずっと暴れ出しそうなほど苛立っているクロイ。
「俺らに気付かれないようにトーカを回収した。そこには必ず理由がある。俺達に時間の引き延ばしを喰らわないためにわざわざ気付かれるようにやったんだからな。探しても見つけられないように拠点の場所まで変えて準備を整えて、これで何も無いわけがない」
黒い瞳で街を見つめ、嫌々ながら思考を巡らす。
これが自分に降りかかる何かであればどうでもよかった。
しかしこれは、街を、国を、人を巻き込む何かだ。
突然の事態から全てを護ることは出来ず、だからこそただひたすら全力で苦手な先を読むことをしようとしている。
「では儂は見回りをしてくるとしよう。お前はここで広い視野を以て警戒していてくれ」
「…………わかった。ありがとう」
余裕がないからか普段よりも素直であったが、そこに言及する程ノアも馬鹿ではない、慌ただしい街に出て見回りを始める。
見慣れないものはすぐに見つかった。
駆け回る子供達、熱心な大人たち、他の者とはまるで違うゆったりとした足取りの二人の女性。
それ以上に、翡翠色をした長髪の女性と緋色をした長髪の女性の二人組は一度見たら忘れないオーラがあった。
にも拘らずこの千年一度とて見た覚えのない人物であり、警戒すべき外部の者であるとすぐにわかった。
下手に刺激するのはよくないが、先に動くべきだと考え声をかけようとしたその時、遥か彼方で膨大な魔力を感じた。
誰も彼もが気付いたわけではない。
如何せん距離が遠い、研ぎ澄まされた魔力感知を以てしてしか気付くことなど出来ないだろう。
しかし視界の先の二人の女性は確かに気付いていた。
翡翠色の髪をした女性は、膨大な魔力の方向へと振り返ろうとした緋色の髪をした女性の頬に触れてそれを阻んだ。
「ローズ、君が気にする必要はないよ」
凛としていて優しく落ち着いた声。
その声を聴いただけで何故だか疑う気が失せていく。
善人であると確信もなくそう思ってしまう。
声をかけようとしていたにもかかわらず、突然の違和感を前に動きが止まる。
思考を巡らせていたら再び巨大な魔力、否、魔力とはまた別種の何かおぞましい巨大な気配が遥か彼方で発せられた。
思考を停め何が起きたのかを把握しようとしたその時理解した、既にもう遅いと。
国の外、遥か彼方から迫るのは死の風であった。
それに触れればその瞬間に生きとし生ける全てのものが死ぬと理由もわからず理解できた。
それは終わりだった。
それは絶望だった。
ありとあらゆる防御手段はもはや間に合わず、たとえ間に合ったとしてもそれに効果があるかもわからない。
しかしそれでも諦めることは決してできない。
今限界を超えずしていつ超えるか、杖を握りしめ空間を一度叩いて気付く、どう足掻いても、たとえ限界を超えたところで間に合わないことに。
瞬間、国の外周に突如として巨大な結界が出現した。
死の風は全て阻まれ国の内側までは言ってくる事無く消失し、巨大な結界もまた消失した。
クロイが何かしたのではと城を見上げるが、そこには目を抑えうずくまるクロイの姿があった。
そしてもう片方の瞳で睨んだ先には、少し不機嫌そうにしている翡翠色の髪をした女性がいた。
「先程の結界は貴方が?」
「驚いた、クロイが私を見ていることには気付いていたが、まさかそれだけで私がやったと判断する者がいるとは」
やはり凛としていて優しく落ち着いた声。
しかし近付いて初めてその異常さに気付いた。
薄く漏れ出ているのを装うように魔力がその身体を包み込んでいる。
それは日常的に魔力支配の出来ない魔術師のようであり、何処までも自然にそれを装っている。
ただすれ違うだけであれば気付くことなどなかっただろう。
きっと注視したって気づくことは出来なかった。
今こうして対峙してようやく気付くことができた、彼女の魔力の膨大さに。
ナルの魔力は膨大だ、しかしそれは精々普通の魔術師の数倍程度。
目の前の彼女はそれどころの話ではない。
数倍、数十倍、数百倍でさえ足りないような膨大な魔力を持っているとそう感じた。
ただそこにあるだけで圧し潰されそうな魔力量、どうしようもなく息が詰まる。
「…………ああそうか、これは悪いことをしたな」
そう言うと先程まで感じていた膨大な魔力はさっぱり消え去った。
「これで問題なく話せるかな?」
「ああ…………」
一先ずそう口にして大きく呼吸をする。
どうにか落ち着いて問う。
「貴方が先程の結界を張ったのですか?」
「ああ、あれは私がやった。クロイのやり方は少し荒いからな」
そう言って女性は微笑んだ。
その美しさに見惚れそうになり、背筋に走る悪寒によって引き戻された。
「そうですか、ではいろいろと話していただきたいことがあるので王城まで来ていただいてもよろしいですか?」
「…………それでいいかい、ローズ」
ノアを睨む緋色の髪をした女性にそう問いかけると緋色の髪をした女性は堂々と答える。
「貴方と共になら私は構わないわ」
「とのことだ」
「そうか。ではこちらへ」
城へと歩き出そうとしたとき、そういえば、と背後で声がした。
「自己紹介がまだだったな。私はイリス、アルバの師匠をしている魔法使いだ」
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