第136話 夏祭り当日

「魔術の万能性を示せとのことだが…………俺はこの国の王とは違う。あれはまるで格が違う。あまり期待はするなよ、小さな国とはいえ丸ごと全部魔術の範囲なんてのはそうする機会がないからな」


ローブに身を包みフードを深くかぶり顔を隠すトーカは高い城の玉座の間、柱だけで四方に壁の存在しない部屋から街を見下ろす。


「そう言うがお前、精密作業は得意だろ」


「あいつは出来ないことは命令しない」


「そうかよ」


日付が変わり夏祭り当日だというのにトーカとクロイの二人は今にも殺し合いそうなほどに殺気を放っている。


「俺は彼の忠実な部下だ。だから何も言わないけれど、彼の冷酷な優しさによって君が生きていることだけはよく理解しておけ」


「あれに優しさがあるとは到底思えないがな」


「…………俺は裏切り者だから少しだけヒントを上げる。言うなってずっとずっと止められてたけど少しだけのヒント。署長の元へ行きたまえ。我々が関わったり、そも特異な事件であれば署長は必ず情報を探りまとめているだろうからね」


殺気はない、圧はない、柔らかな雰囲気と口調、軽やかな声、そこにはクロイがよく知る軽薄な詐欺師がいた。

この状態の術廉みちかどであれば、決して心を許すことは出来ないが、その言葉に無駄は無くなる。


「署長を相手に正面突破は難しいだろうし、侵入するにしても君じゃどうせ無理だ。かといって署長を相手に交渉なんて、君のような馬鹿じゃ交渉の余地なし、話すら聞いてもらえない。けど、その先に君が知るべき真実がある」


「一々上から目線じゃねぇと話も出来ねぇのかよ」


「今はその言葉を、強がりとして受け取っておこうかな」


フードの奥で笑みを浮かべた。

フードの奥、顔が見えたその瞬間に全てを理解した。

跳躍し後頭部を蹴ったが、脚は身体を通り抜け、ローブだけを引っ張り地面に辿り着いた。


「まぁ、これくらいで話は終わり。それじゃあ屋台を生成するとしようか」


「話は終わって…………」


既にトーカの視界にクロイはない。

最初からいなかった。

いなかったけれど気付けなかった。

クロイもアストロも眼を使うことをしなかった。

幻覚など見ればすぐにわかる、だが、布一枚隔てた先は透視しなくては見ることができない。

いつでも見えているわけではない。

今この時、見ようとすら思っていなかった。


「やってくれたな」


アインス


「テメェ、俺の言動の全てを読んだな。こう言えばこう返してくるって、何もかも読んでやがったな」


怒りがふつふつと湧き上がってくる。

最初からここに術廉はいなかった。

どこかで見ているわけでもなく、どこかで聞いているわけでもない。

ただ単純に、事前に出した指令通りにこの場に幻覚を出現させた。

おそらくは弟のリテスことかんなぎきくのの手によって一切の違和感なく言葉を話させていたのだろう。

全てアインスの掌の上。

人を馬鹿にするような出鱈目な嘘。


「な訳ねぇよな。自然に動かす、自然に話す。話の移り変わり、その内容までもが自然だったから俺は疑わなかった」


なぁ術廉、お前も全部読まれてたんだろ?

アインスに、このタイミングで裏切るんだろうって、そう言われたんだろ?

だからあいつが、一番恐ろしい。


道に沿って数十数百の屋台が次々と生成されていく。

その凄まじき離れ業を、魔術師たちは目を見開き見つめる。

ただクロイだけは、怒りや憎しみが振り切れ、疲れと共に穏やかな感情で先を見ていた。

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