第125話 娯楽

「起きたか」


「あの、怒ってます?」


蘇ったギフトが恐る恐る問いかけた。


「…………さぁな。ただ、世界を救った彼らを軽んじないでくれ。近くにいるっていう勘違いは、彼らをより独りにする。追いかけるなら、どうかその距離を見誤らないでくれ…………まぁ、実力を見せる場がないんじゃ難しいとは思うがな」


「…………やっぱり、クロイさんって優しいですよね」


そういったアルトは次の瞬間壁に激突していた。


「戦いの強さは同じでも、心の強さは違う。俺は未熟で、あいつらはもう成熟してる。だから俺は絶対にあいつらを下に見ない。そして、そんなあいつらを舐めてる奴を俺は決して許さない」


反応が明らかに照れ隠しだが、本人だけがそれには気付かず、数名は人が死にかねないその照れ隠しに怖気付いていた。


「もういいか?満足したなら修練さっさと再開」


「あの…………」


手を叩いて急かすクロイの言葉を止めたのは修練場の隅で座って魔力支配を会得し魔力をひたすら高速で回復し続けていたナルであった。


「休日とかってないんですか?」


「……………………」


「遊べる時間とか…………」


完全に忘れていた。

十年休みなく戦い続けて強くなったような連中がいる自分達天才達基準での計画は流石に問題があると睡眠と食事はとらせるようにしていたが、まるまる一日休みなんてことはしていない。

正直問題があるなんて思ってもいなかった。


「ノア、何か娯楽はあるか?」


「…………夏祭り」


深く考え込み捻りだした答え。

王が突然始めた夏の祭事。

王が作り上げた屋台で王が作り上げた食べ物を思い思いに手に取り食べ歩くというもの。

今年は王不在でありだれも屋台も食べ物も作れず開催自体がありえない。

しかしこの国では娯楽と仕事の、娯楽と勉学の境界線が薄く、誰もが遊ぶように魔術の研究を行い、誰もが遊ぶように鍛練に励んでいた。

皆それが楽しかったから。

しかしいざ休みを、娯楽を問われればそれくらいしか答えることが出来なかった。

積み上がった娯楽であったはずの本は今や参考書。

開催してなかろうとこの国で本を抜いた娯楽はもはや王頼りの祭事のみ。


「乃神…………王様無しで開催出来るもんなのか?」


「…………わからない。儂には王が何をどうしていたか全くわからない」


理解し出来なかった王の力が、今なら理解出来ようはずがなかったことをよく理解出来た。


「それで、何があった?」


一先ずはそこから。

一流の魔術師がいるのだから再現できないこともないはず。

クロイは最悪の場合敵の力を借りることも考えていた。


「イカ焼き…………」


「—————⁉」


「焼きそば…………」


「———————⁉」


「後は…………わたあめ、だったか?」


「―――――――――⁉」


「そうだ、りんごあめというのもあった…………ような気がする」


「………………………………」


聞き覚えのあるどころか明らかに知っている名前がこの異世界で出てきて口をあんぐりと空けて驚愕する。


「…………イカって何か知ってるか?」


「さぁ、わからん…………あぁ、刺身にしてもうまいと言っていた。それで、刺身とはなんだ?」


クロイは頭を抱えて呻き声をあげる。

頭の中にはこの国の王である乃神に対する罵倒でいっぱい。

異世界の文化をさも当然のように突っ込んでいたのだから。

しかもその詳細を一切伝えずに。


「そばは?」


「わからん」


「わた…………はいいや。リンゴは?」


「果実だ。その辺に生っているのだから知っていて当然だ」


長い沈黙。

読み合いが苦手で頭を巡らせるのが面倒だと考えているクロイにもなんとなく今自分が何をさせられようとしているかがわかってきた。


「めんどくさ」


今までにない最大級の心からの呟きであった。

大きなため息を吐いて立ち上がると、もう一度溜息をついてノアに話しかける。


「海ってどっち?てかある?てかわかる?」


「海はわかるが、何処にあるかまではわからん」


再び大きなため息をして修練場の門に手を触れる。


「何処に行く?」


「…………海を探しに行ってくる」


「何をしに?」


振り返ると自分がこれからすることを口に出そうとしてその面倒さを改めて感じ大きな大きなため息を吐いてうなだれた。


「今年の夏祭りはお前ら自身の手で開催する。俺はこれから何があって何がないのかを調べてくるから、これからの面倒臭くてどうしようもない作業に備えて休憩でも何でもしておけ」


立ち上がり門に触れると、ため息を吐いて出て行った。

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