第96話 試験

あれから一月、刻一刻とブラッディ・メアリーの言っていた第一学園との戦いの日が迫っている。

ノアは会話に意味はないと理解しクロイと戦うことを覚悟し、長年止まっていた足で歩み始めた。

かつてアルバが禁忌に触れず限りなく不死に近付くために作り上げた魔術。

何をどうやっていたか理解できなかった。

しかし今、かつてのアルバに追いついた。

クロイを倒せる程に強くなったわけではない。

クロイと張り合えるなどとは到底思えない。

それでも、腕を千切られ潰されても、腹に穴を空けられども、倒れず戦えている。

ただそれだけで、止まっていた時は動き出した。


「爺さんやっぱ最高だ」


力の差は圧倒的だが不可視の攻撃が読まれている。

吹き飛ぶ腕を吹き飛ぶものとして杖を既に逆の腕に持ち替えている。

死を当然のものとして受け入れている。

死ぬまでに描いた陣の続きを蘇ってから完成させる。


「一応陣は掻き消してんだが、やっぱ心の問題か。あんたなんで陣描いてる、もう必要ねぇだろ?」


「…………儂は……未熟者でなぁ‼」


炎が上がる。

修練場を埋め尽くす様な炎。


こいつはまずい。

生徒を巻き込む形だが、ここじゃ死んでも蘇る。

それに、俺を止められなければどうせ死ぬ。

範囲も威力も大したもんだ。

まぁそれでも、俺に届きはしない。


「重力は、万物に作用する」


炎は潰れ、ノアの身体を貫き内側から焼き尽くした。


「異能で操作してんだ、魔力支配じゃどうにもできねぇよ」


炎に包まれ死にゆくノアを、クロイは心底楽しそうに見送った。


「勿論お前らの事も忘れてねぇぜ」


等間隔に並べられた死を繰り返す生徒達。

ただ一人アルトだけが少しズレた位置にいる。


「アルトお前、時折抜け出すせいで他の連中より痛い死に方してるだろ。疲弊の仕方が周りの比じゃねぇぞ。他の連中は……まぁいいや」


アルトを笑い、他の者を興味なさげに見つめる。

すると、アストロと目が合った。

この一か月、目を瞑って終わりを待つだけだったアストロと目が合った。


「……神眼」


アストロのペリドットの瞳が煌めく。

次の瞬間、アストロの左半身は消し飛んだ。


「神眼ってのはその名の通り神の眼だ。けどなぁ、俺の右眼にはその神々を滅ぼした闇が宿ってる。神眼は、俺に通じない」


アストロは膝から崩れるように地面に倒れるとそのまま息を引き取った。


「しかしなんでこのタイミングで突然……ああもう一か月か。そうなると残り期間は一か月……まぁそろそろいいか」


瞬間、ゆっくりと嬲り殺されていた生徒たちが一瞬にして殺された。

そして蘇った内の一人を残して再び殺す。

残った一人の下に歩み寄り、顔を覗き込む。

笑みを浮かべて一言問いかけた。


「ねぇねぇ今どんな気持ち?」


恐怖に染まる顔を確認すると、答えは聞かずに殺した。

再び死者は蘇る。

一人目の生徒の五感を潰すと、二人目の生徒に笑みを浮かべて同じことを問う。


「ねぇねぇ今どんな気持ち?」


そして再び答えを聞く前に殺す。

アルトとアストロを除く六人の生徒に同じことを行うと、そこでようやくクロイの殺戮は終わりを迎えた。

落ち着いた様子のクロイに、アルトが飛び掛かる。

クロイの蹴りが顎にクリティカルヒットし、アルトは気絶した。


「どうせ蘇っても襲ってくんだ、そこで沈んでろ」


ため息を吐いてアルトを壁際まで運ぶと笑みを浮かべた。


「さてお前らはこれまでよく死んだ。俺にたくさん殺された、それはもうたくさんな。そんなわけで次はお前らの番だ。お前らが俺を殺す番。ほら、やってみろ」


誰も動かない。

アストロはクロイの言葉が自分に向けられたものではないことに気付いているため動かないが、他の者は震える身体をまともに動かせずいる。


「え、なに来ないの?ああ成程、ここ一か月飲まず食わずだったし一歩も動けず立つことも歩くこともままならないってわけか」


わざとらしく大振りな仕草。


「だってそうでも無きゃ、この学園の頂点が弱虫になっちまうもんなぁ?」


わかりやすい挑発。

瞼の裏に焼き付いた、楽しそうに人を殺すクロイの姿。

何千何万と殺され、戦うだけの気力など、挑発に乗るだけの気力など、残ってなどいない。


「なんだ、そのトロイ動きは。ただ歩いてるだけじゃないか」


とぼとぼと、上がらない脚を引きづるように、リンはクロイに近付いていく。

力なく、握ることの出来ない拳をクロイの胸に中て、そのまま気絶した。

倒れるリンをクロイは受け止め、嬉しそうに笑う。

そんなクロイの様子に、アストロはアルトのいる壁際まで移動した。


「いいぜリン、お前は合格だ。んじゃ、それ以外の奴等は……吹き飛びな」


クロイが腕を振ると、残された生徒たちが壁に引き寄せられる。

突然爆発の如く広がる霧で視界が遮られるが、クロイは全てを感じ取っていた。

イフが自分の身体ごと地面を凍らせ引き寄せる力に抗っていることにも。

ギフトが背後の地面に剣を突き立て引き寄せる力に抗っていることにも。

ルクスが磁力操作で身体を地面に固定し引き寄せる力に抗っていることにも。

そしてイージスが……結界を張ることもせず壁に激突したことにも。


「これで試験は終わりだ」


修練場の扉が開かれ中の霧が外へ吐き出される。

修練場内が見渡せるようになると、イージスの姿が消えていた。


「不合格はイージスだけ。よくもまぁこんだけ逸材が揃ってたもんだ」


手を叩き褒め称えるクロイに、満身創痍でありながらギフトは睨み付ける。


「そう睨むな。初めからあいつは駄目だってわかってた。アイツは結局他人のために命張れるような奴じゃねぇ」


「誰も、彼もが……貴方のように…………他人のために命を」


「そりゃ当然だ。俺は別に俺が出来るからお前もやれなんて思っちゃいない。ただ……アーテル救うために戦うってんだから、アイツにゃ荷が重いってそれだけだ」


成長を見守ってほしい。

そう願いながら、落胆させた自分たちがそれを言葉にすることはできない。


「お前達は強いさ。俺みたいのが相手じゃない限り負けやしねぇ。それに、俺と同格の連中は皆優しい。どうせ手加減してくれる」


「どういうことですか?」


飛び起きたアルトの質問に笑って返す。


「お前らは見たろ、絶望させるためにわざわざ面倒くさい方法で殺していたところを、そして俺の右眼を。試験の為の戦い方と、アストロの眼に対処するためだけに使った」


絶望させるという目的があったから、他に対処する術がなかったから。

ずっと手加減をされていた、最期まで手加減をされていた。

成長に合わせて力加減を変えていく。

加減が難しいとハンスは言っていた。

多少強くても加減が難しいだけだと、全身全霊命を懸けてようやく手加減がしやすくなると。

指導、修練でなくとも、彼らは下に合わせて戦う。

恐怖や絶望を植え付けないために。

間違ってでも殺さないために。

彼らはいつだって、強者として弱者の味方であり続けた。


「安心しろ。お前らに被害は出ない、一切な。だから俺はお前らを全力で成長させる」


「……アーテルを助けることが出来ないということですか?諦めろとそう言うのですか?」


「ああそうだ。誰が相手かは知らんが、どうせ俺みたいのが来る。んでもってお前らに手加減して圧倒的な差で勝つ。アーテルを取り戻せずともアーテルは死にはしない。まぁ、アーテルにとって嫌な結末にはなるだろうがな」


鎖の男が依頼で動いていた。

その時点でこの一件は死者を出すようなものではなく、誰かが絶望するようなものでもない。

ただ一点、依頼を受けた組織は身内に対してはどうしようもなく厳しい。

それこそ死すらも嫌がらせの内に入るほどに。


「絶対に死なない保証はないでしょう?」


「少なくとも、アーテルを誘拐した連中は殺すようなことをしないし、殺すような連中に渡したりしない。そして、あいつらから奪えるような連中が相手なら、立ち向かったりなんかせずに逃げろ。依頼が無くとも俺が動く」


ふざけた態度のふざけた男だと思った。

自分の強さに酔ったどうしようもない男だと思った。

けれどなぜか悪い人だと感じられなかった。

情報だけ見ればどう考えても危険だ。

けれど、感覚的なところで、なんとなくという曖昧なところでは、良いひとのように感じていた。

口にする言葉は、常に相手の事を考えていた。

貶すような言葉も、全て焚き付けるためのもの。

少しやり過ぎに見えるような攻撃も、全てはここを超えなくては成長はないからで。

きっと誰かにものを教えることになれていないだけで、とてもいいひとなのだと感じ始めていた。

一か月殺し続けるというのは明らかにやり過ぎだと思うが、それだけの時間があってようやく、優しいのではというなんとなくを払拭して絶望を与えた。

全ては未熟な子供たちのため。

根は紛れもなく優しい。

リンの拳を受けた時にそれは確信へと変わった。

突然ギフトは頭を下げた。

立つだけの力は残っておらず、地面に座ったまま頭を地面にこすりつけるように。


「未熟な我々の為に嫌な役を演じてもらいました。申し訳なさでいっぱいです」


ここまでの事を言われるとは思っておらず、クロイは眼を見開いて驚いた。


「そして、世界を知らない我々に前に進む方法を教えていただきありがとうございます」


「…………俺は依頼通りの仕事をしただけ。報酬もらえればそれでいい」


照れるように顔を逸らすクロイに、顔が綻ぶ。


ああこの人はやはり、悪人なんかでは到底ない。

間違いなく、優しい良いひとだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る