第97話 成長

「クロイさん。貴方は依頼ならばなんだってするのですか?」


ふとした疑問、というよりもこの後にこの後に関わる質問。


「出来ないことはできないと断るし、非人道的なものは基本受けない」


「…………学園に入り試合に出ていただけないでしょうか」


勝てないことはよく理解した。

それでも、向こうの思い通りに事が運ぶのは嫌だった。


「そいつは無しだ。俺が出れば向こうも本気を出すしかねぇ。お前らだけじゃなく、街の連中の命も保証できなくなる」


手加減をされているのはわかっている。

手加減をされてなお今の圧倒的な差。

もしも同格の相手と本気でやり合えば闘技場はきっとなくなるだろう、ともすれば街も。


「どうせ負けんだ、自分の限界を試して多くを学んでこい」


「負けるとわかっていて、それでも全力を出せるでしょうか?」


「出せるだろ。だってお前らは、絶望の中で前に進めたんだから」


あの時感じた恐れは、絶望は、紛れもなく本物だった。


「俺がお前らなら出来るって信じてんだ。頼むぜ」


信頼。

限界を超えられるかどうかなど、不鮮明で予想のつけようもない。

それでも、信じているとそう言った。

なんとなくでしかないけれどその言葉は、励ましの言葉ではなく本心であったように感じられた。

だからこそ、裏切れない。


「お前らに足りていなかったのは窮地に踏み出す一歩だ。死んでも蘇るような環境じゃ簡単には身に付かねぇだが絶望の中でお前達は手に入れた」


魔術に疎いクロイでもわかる。

この者達は紛れもなく、この国有数の魔術師だ。

その技量は言わずもがな、知識量も他の追随を許さない。

普通の相手ならまず負けることはないだろう。

どこかほかの国、他の世界から格上を用意されたとしても、天才と凡人の間にある圧倒的な差と比べれば大した差ではない。

そしてその差を埋める精神を彼らは既に手に入れた。


「なんでこっからは視野と動体視力と反射神経を鍛え上げていく。手加減してもらえるとはいえお前らが勝てるほどて加減してもらえるわけじゃない。全部見て全部吸収して成長する。それが今回の戦いでの目標だ」


そこからはクロイの異能が無色透明であるために近接戦が主となった。

無論生徒たちは魔術を行使するがそれよりも早い速度でクロイが距離を詰め攻撃をしてくる。

少しでもその速度に慣れて捉えられるようになれば速度が上がる。

そして目の前のクロイに集中しているとクロイが避けた魔術が直撃する。

この修練においてリンは凄まじかった。

まばたきを忘れるほどに目を見開いて腕を叩き落し蹴りをぶつけ合わせ魔術を殴り掻き消す。

肉弾戦において、負ける気などさらさらない。


「中々いい眼をしている。けど修練なんで速度を上げさせてもらう」


クロイの動きが加速した。

回し蹴りが頭部目掛け飛んでくる。

咄嗟に出した右腕に衝撃は来ず、突如体が宙に浮いた。


「お前は見えているようなんでな、まわりより一段階先を行こう」


回し蹴りはフェイント、本命は足払い。

その行動は肉体強化と体術だけで学園第三位まで上り詰めた少女の意地だった。

身体は空中、あとはただ落ちるだけのはず。

しかしリンは空中で身体を捻りクロイに蹴りを放った。

咄嗟に防ぐも一切の警戒をしていなかったクロイは地面に跡を残して後退る。


「そういうことだ。意地を張れ。限界を超えろ。一秒前の自分には無かったものを手に入れろ。それが強さだ」


着地は不格好。

地面に取れるようにして着地したリンは顔を歪める。

渾身の不意打ちだった。

今までの自分を超えた動きだった。

それでも防がれて、一切の傷を残せず、喜ばれ褒められただけだった。


「……ここで意地になって突っ込むな。今までとは違う。思考を巡らせろ。格上相手でも全部考えて戦え」


ぼそぼそと、自分に言い聞かせるようにして不要なほど熱くなった心を落ち着かせる。


「…………次」


ギフトと戦うクロイ。

隙だらけだとそう感じた。

地面を蹴り距離を詰める、一気に飛び込む。

拳を構えると、視界の先にアルトが現れた。

眉をピクリと動かし、構えた拳をアルトにぶつける。

同じように、アルトもまた用意していた魔術をリンに放った。

爆炎の中、ギフト、アルト、リンの三人はそろってクロイに蹴り飛ばされた。


「惜しかったなギフト。アルトとリンに気付けたが、俺の対処に追われて逃げ遅れた」


クロイと正面で戦いながらではあったが、どこかのタイミングでクロイが抜けるはず。

そのタイミングで対処すれば間に合う、そのはずだった。

アルトとリン、二人でなければ。


「隙を攻めようと冷静になれたのは良かったぞリン。ただ俺の隙を探すあまり周りが見えなくなってた」


自分の成長が嬉しかった。

それでも届かなかったのが悔しかった。

攻めるタイミングを見極める程度には冷静になれていた。

けれど、クロイ以外が見えなくなるほどに熱くなっていた。


「アルトお前、他の奴が自分と同じように不意打ちしようとするなんて考えて無かったろ。んでもって途中で気付きながらまとめて吹き飛ばそうとしたろ」


「あの瞬間、貴方は一度もこちらを見なかった。ですが気付いていないなんてことはあり得ないので、リンさんの拳にぶつけて爆発をより広範囲にすると同時にタイミングをずらそうと思ったんです」


気付かれているが見てこないならタイミングをずらす、予測を外す。

そしてリカバリーの難易度を上げるためにより広範囲に。


「リンを信頼しての行動だったこともわかってる。ただそれよりも前、お前は気付けるはずだった。リンの行動にも、こいつら蹴り飛ばした直後の俺の方が隙がある事にも」


「否定はしません」


「あのタイミングで攻撃するのが自分だけだと決めつけた。決めつけてミスをするな。決めつけるなら全部知ってますって顔しとけ」


「…………?」


よく意味が解らなかったが、クロイの表情から大した意味もないことが窺えた。

それに、すぐに会話をする余裕は無くなる。

背後から迫る氷をクロイが砕く。

いつの間にか足下から広がっていた霧をクロイが吹き飛ばす。

そして最後に天から降ってきた鉄杭を蹴り飛ばした。


「会話中でもお構いなし。俺が相手だ、それくらいでちょうどいい」


修練が再開した。

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