第94話 積み重なる死

幾度なく挑戦し、失敗を積み重ねる。

氷によって岩を止めようとして、削られ砕かれ失敗した。

磁力で重力に対抗しようとした者は力比べに負け、引き寄せられて潰された。

結界も、剣も、回転する岩を止めることは出来ず。

如何な攻撃も、回転する岩を砕くことは出来なかった。


「道を知らず、先を知らず、終わりを知らない」


次なる手を模索していた者達が道をあける。


「道筋は既に決められている。さだめられ、さだめられ、運命さだめられし未知を知るは天のみである」


巻き込まれてはたまらない。


「その道に終わりがないのなら、我は永遠に進み続けよう」


学園最強の矛。

その最強たる所以。

最強にして無敵の強化魔術。


「—————天道」


駆けだすリンを、クロイがちらりと見た。

瞬間リンの身体が、何かに掴まるように止まった。


「確かに今の魔術なら俺の元まで辿り着くことが出来ただろう」


クロイは本を閉じ、回転する岩の外まで戻されたリンをつまらなそうに見つめる。


「だがなぁ、無駄に詠唱が長いくせに、一直線にしか動けないのなら、簡単に止められる。魔術は万能。魔術は自由。なぁ、なんで可能性を狭める」


「私はただ、天が定めた道を通るだけ。天が定めた道が見えるだけ。自由とは弱さ」


「天?馬鹿言うな。道を定めんのはテメェ自身だろうが」


「魔術は万能ではあっても全能ではありません。一つの道だからこそあれだけの力を……」


ため息を一つ吐く。

リンの言い分はクロイとしては実につまらないものであった。


「下らねぇ。万能だけど代償がなきゃ特化するようなことはできないって?だったら俺はアルバ相手に苦戦なんざしねぇよ」


「賢者アルバは…………」


「天才だからってか?あいつは俺と同格だ。格下ばかり相手してねぇでテメェらも同格を、そして格上を狩り殺す勢いで戦えよ。俺を殺せねぇって諦めてんじゃねぇよ」


クロイが振り返ると、回転する岩の内側にアルトが立っていた。


「そう思わねぇかアルト」


「ええ、気合が足りていないと私も思いますよ」


「だったら……」


クロイは突然虚空を蹴り飛ばした。


「幻覚でクリアした振りしてんじゃねぇよ」


頭が千切れ飛んでいく。

倒れる身体を踏みつけ、周りの生徒を睨む。


「こうなれとは言わねぇ。ただ、この中じゃこいつが一番前を走ってる。俺を騙そうなんて気概があるのはこいつくらいだ。ガイスト、お前も俺に幻覚が通用しないってのがわかった瞬間諦めたもんなぁ」


死体から眼を逸らしていたガイストが肩を跳ねさせた。


「俺はお前らに試練を課したし、たくさん殺したりした。その中でお前らが諦めてたまるかって、気合入れて強くなろうとしてくれると思ってた。けどたんねぇや」


大きなため息。


「俺らはなぁ、並ぶ者なしと言われた天才だ。大陸一つふっ飛ばすくらい訳ない力持ってるし、頭脳や感性が出鱈目な連中もいる。けどな、並ぶ者なしとか言われても、天才だ化け物だとか言われても、俺らはお前らと同じただの人間だ」


クロイもまた、ただの人間。

異能力というものが認知されていない世界で生まれ育ったために幼い頃は周りに化け物と呼ばれ蔑まれてきた。

片方の眼も異能によって失明していて、異能を持って生まれたことを幼いクロイは不幸に思っていた。

痛くて、苦しくて、辛くて、それでも今は、同じ才を持った仲間が、友人がいる。


「俺はテメェらの事なんざ、俯き続ける奴らの事なんざ、見上げる事しかしない奴らの事なんざ眼中にねぇ。嫌いとかじゃなく、居たかどうかすら覚えてねぇその他だ」


視線はリンにしか向けられていないが、他の者達も身に覚えがあり、視線は向けられずとも視られているように感じた。


「けどな、たとえ天才じゃなくても、這いつくばってでも、泥啜ってでも、天才に追いつかんと努力し続ける奴らは大好きだ。あいつらは天才俺達を見てる。ただ漠然とじゃない、強さも弱さも全部見てる」


足下で消えていくアルトの死体を見つめながらクロイは微笑む。


「こいつらとお前らの決定的な差は、挫けない事じゃなくて、挫けてなお進み続けられるかどうかだ。今までの俺は生温かった。この修練も結局無駄に死者を出しただけ」


クロイの背後で岩が砕かれる。


「やるなら徹底的にだ。今から俺はお前らを絶望の底に叩き落す。お前らの心をぐちゃぐちゃになるまで叩き潰す。二度と立ち直れない程に叩き折ってやる」


そこから先は地獄であった。

今までで初めて自分から殺そうと動くクロイに蹂躙され続ける。

流石にやり過ぎだと止めにはいったノアまで巻き込んでの蹂躙。

それは徹底的に絶望させるための蹂躙。

蘇生してすぐではなく、意識が覚醒し周りを認識し情報を整理できるようになったと同時に視界の真ん中で、誰に殺されたかを鮮明に理解させ殺す。

遠距離でも簡単に殺せるにも拘らず、絶望させるためだけに近付いて殺す。

学園最強と謳われた者達が、ここでは何も出来ずに死んでいく。

上には上がいて、自分を殺し続けるこの男は、あまりに遠く、見上げても見えてはこなかった。

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