第93話 新たな修練
「アストロ、もっと意識しろ。俺達に出来るのは引き寄せることだけだ」
放つことは出来ず、引き寄せる事しか出来ない。
そんな能力でモノをぶつけるという遠距離攻撃をするのなら、相手自身に引き寄せるというものになる。
しかし動いている相手を指定するのは難易度が高く、それが出来るのならぶつけるのではなく内側から破壊してしまった方が早い。
故に相手へ向けて放つのなら、空間を指定しモノを引き寄せ、減速する前に解除しなくてはならない。
「僕は魔術師で、魔術は万能。射出には別の魔術を使えばいい」
「まぁ無理に難しいことをする必要も……って同時じゃなくとも別の魔術を一瞬で切り替えながらってのは難しくないのか?」
「……………………」
「そりゃそうだ。アルバでも同時にってのは入学まで出来なかったらしいからなぁ」
「それは全属性ではという話だ」
どのみち難しいのならと自分と同じ道を進ませようとしたクロイに、というかその中のアルバについての発言をノアは否定する。
「あの子は森で魔術の修練を行っていて、炎や雷といった森に被害が出るような魔術の修練が出来なかった。しかしそれ以外なら、入学以前からすべて同時に行使出来ている」
「…………爺さんあんたさぁ、アルバの事めっちゃ好きだろ」
ノアの否定の仕方から、アルバの自慢にも聞こえ、なんとなくノアという人物がわかった気がした。
「儂はアルバたちを孫の様に思っておる」
「へぇ~、じゃあ俺がアルバに勝てるかもって話したとき、やっぱりイラっとしてたんだ」
「儂が腹を立てたとすればお前のその生意気な態度にだ。そう気にする程の事でもない。まぁ、儂も気付いていないだけで孫可愛さに腹を立てているかもしれんがな」
空気がぴりつく。
一触即発の中先に動いたのはクロイ。
遅れてノアも動くが、互いが互いを狙っていない。
修練場内に電光が奔った。
「ほんと魔術ってのは何でもできるのな。アイツは雷アイツは氷って覚え方が何の意味もない」
攻撃の主はイフ…………ではなくやはりアルトであった。
今まで不意打ちが決まらなかったのを自身が捕捉されているからと予想し、イフの位置までナイフを移動させてそこから電撃によってナイフを放つ、金属製のナイフが溶けるような熱と速度を以て。
しかしクロイは予測、読み合いというものが苦手であり、全ては鋭い勘と凄まじい反射神経のなせる業であった。
完封出来るほどの策以外に意味はなく、リンの天道に次ぐ速度を持ったこの攻撃にすら、クロイは対応してみせた。
重力の壁がナイフを減速させ、完全に停止させる。
そして反転、クロイはナイフを自身の異能で放った、アルト以上の速度で。
アストロですら、何かが通ったような気がする程度にしか感じられない速さ。
あまりの速さに、突然アルトの腹部が消失したようにすら感じられるその攻撃は、修練場の壁付近で幾重にも重ねられた結界をほぼ全て貫き、最後に残った一つに突き刺さっていた。
「止めちゃったんだ。別に止めなくてもよかったのに」
「儂が止められるギリギリを攻めておいてそう言うか」
二人は未だ一触即発の状態だが、クロイが話を変える。
「まぁいいや。それよりアストロ、ちゃんとその未完成の神眼でも見えたかい?俺のクソッたれな友人たちは光すら見えるって言ってるが、まだ出来ないお前に合わせてやったんだから見えてませんでしたなんて言うんじゃねぇぞ」
修練場の壁を破壊、貫通しないよう、ノアが止められるよう力加減をした。
しかしそれはただのノアへの嫌がらせであり、アストロに引力での攻撃を見せるというのが本来の目的であった。
「俺の引力からは光だって逃げられない。射出したものは光速だって超えられる。まぁ、その速度に耐えられるようなもんが全然ないんだけどな」
「…………僕が憧れたのは、おじさんだから」
「わかった。わかったよ。つまりはお前の憧れはそのおじさんとやらで、お前の師匠は俺だってこと。もうそれでいいな」
ゼウスの息子にして両親に今の今まで放っておかれた少年。
血縁者の中で知っている者は父ゼウスとその従弟アルバとハンスのみ。
ゼウスはクズで論外。
ハンスはどこかに定住することをしない。
アルバが初めて頼ることの出来る相手だった。
その感情は憧れというよりも子供が親に抱く感情。
それを指摘するのも面倒になり、しかし重力を支配しようとする少年を見捨てることも出来ず、クロイは別問題だと有無を言わさず片付けて修練を再開する。
「え?いや…………」
「この話は終わりで次行くぞ」
クロイが地面を蹴ると地形が変化する。
岩が次々と飛び出し、いつの間にか修練場の中央にまで移動していたクロイを中心にゆっくりと回転を始めた。
生徒達は壁際まで引き寄せられ、岩の回転速度が上がっていく。
「お前らはこの岩を避けるでも壊すでも好きにしていいから中心にいる俺に触れられたら自由にしてよしだ」
次の修練は高速で回転する岩を突破し中心まで辿り着く事。
しかし岩の回転速度は早く、ぶつかれば全身骨折どころか潰れるように死んでしまうと思えるほど。
クロイが修練用に用意した、ただ回転するだけの岩が、自分たちが使う攻撃魔術以上の威力を持っている。
しかし既に幾度となく自身は叩き折られ、もはやこの程度で俯いたりなどしない。
真っ先に行ったのは腹に空いた穴が治ったばかりのアルト。
魔術で大ジャンプをして回転する岩を全て飛び越え中心に向かう腹積もり。
しかし身体が岩よりも高い位置に辿り着いた瞬間に、アルト自身にも予想外の動きを始める。
無限に飛び続けるのだ。
岩を越え、クロイを越え、天上のその先へ…………瞬間アルトは地面に落ちた。
落ちた場所には落ちた時の態勢がまるわかりな穴が出来ていた。
数秒して壁際にアルトが蘇る。
「まぁ、岩より上を使っちゃダメなわけじゃない。悪意を持って使おうとしたら駄目ってだけだ。魔術や戦略的に、広範囲を使いたいってこともあるだろうからな」
話も終わりこれから本番というところで、蘇りたてのアルトが直線で突っ込んだ。
一つ目を避けきれず脚が砕ける、というよりも千切れ持っていかれるが、それと同時に背後で爆発を起こし推進力とする。
が、岩にぶつかり潰された。
「…………さ、お前らも頑張ってみろ」
期待していないわけではないのだろう。
ただ、とても長く時間がかかるだろうからと、クロイは座り込んで本を読み始める。
今までで最も死者を出す修練が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます