第92話 修行

その日は皆殺され続けて終わった。

一変したのはお開き、といっても皆泊りではあるが、修練が終わった後の事。

アルトが何度も何度もクロイに攻撃を仕掛けるようになった。

一度としてクロイに触れることすら出来ていないが、その目は死なず、這いつくばっても上を見続ける不屈の精神で挑み続ける、今日もまた。

修練場内に広がる霧、霧の中を複数の人影が駆けて行く。


「おっ今日はトーストか、ってコレ誰が作った?なんかゲテモノ混じってんぞ」


クロイは霧も人影も無視してテーブルに乗せられた朝食を見つめる。

バターの乗ったトーストを齧り、混ざりきっていない絵の具のようなドロドロとした何かを異能を用いて圧縮していく。

その時、背後からアルトが空中で回し蹴りを繰り出した。

しかし空中で止まったかと思うと、足を中心とし身体が回転し勢いよく吹き飛ばされた。

空中で姿勢を制御し魔術を放とうとするが異能によって速度が増しそれどころではなくなる。

攻撃を捨て魔術で異能を相殺し地面に着地しようとしたとき、異能が強まり吹き飛ぶように壁に激突した。


「ごちそうさま」


何事もなかったかのようにクロイは食事を終えた。


「あの、前から思ってたんですけど食事を終えた後何を言ってるんです?」


翻訳に異常でも生じたか?

…………ああ成程、この国にそういう文化が、翻訳先に適した言葉がないから翻訳されてないのか。


「確か食材や食事を作ってくれた人への感謝とかって意味だったと思う。お前らもノガっ、王様に感謝しといたらどうだ?」


生まれた時から言ってきた言葉、意味をちゃんと理解してやってきた行為ではないがうろ覚えながらに説明した。


「何故国王に?」


「食器もパンもバターも全部王様が作ったもんだと思ってたんだが違うのか?」


あれから異能について調べようとずっとずっとクロイの観察を続けるノアに問いかける。

話しかけられるとは思っておらず少し驚いたような反応をするがすぐに普段通りに答えた。


「この国にある全ては陛下が作ったものと言っても過言ではない。無論地面や木、生物なんかは例外だが、三千年もあれば建物も朽ちる。家や城も陛下が作ったものとなっているだろうな」


「…………俺が国を滅ぼそうと暴れたら出てきてくれたりしねぇかな……って睨むなよ、さすがにしねぇから」


冗談と言って笑うクロイは音もなく背後に迫ったアルトを異能によって吹き飛ばした。


「さて今日の修行だが、あそこでのびてるバカみたいに俺の異能を相殺しようとする必要はない」


地面に仰向けに倒れ気絶しているアルトをちらりと見て首を振る。


「何度も俺と戦うことになるから何度も言うが、実際に戦う相手は俺じゃない。考えるのは俺への対処ではなく誰が相手でも通用する強さだ。それじゃあ、掛かって来い」


クロイはそう言って右眼に眼帯をした。

何かの間違いで力を使わないように。

地面が揺れる。

クロイが話している時、既にイフは魔力支配を行っていた。

開始と同時に攻撃をするために。

地面から鋭く尖った岩が突き出す。

突き出した岩を華麗に避け、そのうちの一つに着地した。


「不意打ちするなら意思を希薄にしなきゃ……」


岩と土煙に身を隠し背後に迫ったリンの拳をするりと避け、軽く背中を押して吹き飛ぶような速度で地面に落とした。


「こうやってバレる。まぁ、今のは足音があったし動いた際の土煙の動きで丸わかりだったけどな」


そう話すクロイの頭上から大量の水が滝の如く降ってきた。


「んで、水を使うとなると」


クロイが蹴り上げると水に巨大な穴が開き、濡れることなくクロイが通れる道となる。

しかし水は地面に触れども形を崩すことなくクロイを囲む檻となる。


「電気や氷は疑われやすい」


クロイと目が合いビクッと肩を跳ねさせたルクスは電撃を放った。

水の中を巡らせるように。


「今回は両方みたいだがな」


電気を孕んだ水をルクスは操作し中心にいるクロイを潰すように攻撃を行う。

逃げ場はなく、触れれば電撃、対処は出来ない。


「しかしまぁ、何処で気付いた?俺が触れた時しか異能を使わないって」


そう言って笑うとクロイは地面を殴った、とてつもない力で。

固い地面は砕け、周囲に礫が勢いよく飛び散り攻撃となる。


「まぁ一ノ瀬の名が出た以上は、こういうことしても問題ないだろ」


自分に言い聞かせるように呟くと、クロイは拳を構え殴った。

水がはじけ飛び、中にいたルクスは吹き飛ばされる。


「城」


イフの声と共に後ろに飛び退き、狙いを読み切り、目の前の水が氷ると同時に足が当たるよう調整して蹴り飛ばした。

結界は間に合わず防いだ腕を氷が貫く。

クロイの行動は終わらない。

蹴った動きのままに駆け出し、ギフトに迫る。


「バレてんぞ」


利き足の蹴りではない、それでもその威力は凄まじいもの。

ギフトを護るべく二人の間に飛び込んだイージスの結界は砕かれそのまま蹴り飛ばされた。


「いい根性だ、けど足りない」


流れを崩さず回し蹴りを放つクロイに、ギフトは相討ち覚悟でグリモワールによって剣を放った。

しかし剣はクロイの足を傷つけることが出来ず砕かれ、ギフトは蹴りを叩きこまれる。

吹っ飛んでいく様を見てから、ガイストの元へと歩み寄っていく。


「確かお前は幻覚使いだったか。やるならもっと大きくだ。実際に虚像作って見せなきゃ俺らにゃ通用しない」


「そうですか」


ガイストの言葉は戦闘再開の合図。

事前に準備していた魔術が放たれるが、それを身体を屈め回転して避けると、クロイは裏拳でガイストを気絶させた。

しかしそこで終わりではない。

身体を回転させ、音もなく距離を詰めたアルトを、空中で足が捉える。

クロイに蹴られアルトは地面に叩き落された。


「お前は一対一を意識してるからな、狙うならこのタイミングだろうさ」


その時、背後を振り返り飛来した石を掴んだクロイは今日一番の笑みを浮かべた。


「そうか、アストロ。お前の在り方はわかった。俺が力の使い方を教えてやる」


意思を掴んだ瞬間に理解した。

これは投げたものじゃない。

だからといって如何な力によって飛来したものか。

クロイだから一瞬にして理解した力。

クロイと同一の引き寄せる力。

祖父の血がアストロに、クロイの力を理解させた。

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