第91話 力の差

イフの頭部を胴体から蹴り飛ばして呟いた。


「さて、これで五十回目か」


眉をひそめため息を吐くと残る生徒達を壁に引き寄せ動きを封じる。


「お前らさぁ、死ぬことになれるのはいいぜ、いや良くねぇけど。まだ死だとか痛みだとかになれるのはいいんだよ。たださぁ、負けなれてんじゃねぇよ」


クロイの前にイフが復活する。

目を見開き驚いた表情をするイフの頭を叩いて話を続ける。


「俺に勝てないのは当然だ。相打ちも出来るわけない。だからって諦めるのは違うだろ、そんなんだから勝てねぇんだよ。人質取れば諦めなくなるんだろうけど、一番いい人質のアーテルはもう向こうに取られてる……」


自分の発言にふと疑問に思う。


アーテルを誘拐して何の得がある?

労働力?身代金?

彼の正体が本当に私の想像通りの人物なら、そんなちゃちな内容のはずがない。

そして彼ほどの男を誘拐してのけた鎖の人物も俺の想像通りの男になる。

んで、アイツはボスの忠実な部下だからボスの意にそぐわないようなことはしない。

つまり今回の誘拐依頼は非人道的なものではなく、なおかつ一概に悪と呼べるようなものじゃない。

感情の話ではなく確かな利のある話。

アーテルを誘拐して戦闘を条件にして生まれる利…………こいつらが強くなることで生まれる利?

国の軍事力……の増加になる?

…………外に目を向けろ、か。

護衛の為に調べた情報だったが、掴まされたようにも感じてきたな。

となると…………。


ふと天井を、天井を透かして空を見上げた。


乃神、お前今俺の思考覗いただろ、腹立たしい。


「あぁくっそ」


身体を伸ばしてそのまま床に倒れた。


マジにそうなのか?

この件の裏にアイツがいるなら……。


「もう無理だろ、これ勝てないぞ」


脳裏に浮かんだ相手は戦闘力は皆無でありながら膨大な情報を圧倒的な頭脳で処理し最適に扱うことでどれだけ強い相手も完封する、練られた作戦に意味はなく、思い付きの行動すらも先読みして来る出鱈目。

一番戦いたくない相手と言っても過言ではない。

諦めるなと言っていながら諦めかける。

それほどまでに強大な敵の存在を想像してしまった。

ふと、壁をに目をやった。

少しの違和感。

以前にも感じたことのある違和感。


「何を、しているんだ。あの程度で拘束したつもりか?」


限界を超える方法は一つ、心だけだ。

だからクロイは何度も殺した。

死せど諦めないその不屈の精神を以てして限界を超えさせるために。

だが、アルトは今怒りで限界を超えた。

どうでもいいという風な態度をとるクロイに対する怒り。

そして、そんな態度をさせてしまうほどに弱い自分に対する怒りで限界を超え、重力の拘束を抜け出した。


「魔術で対抗ねぇ。昔おなじことして結局潰されたやつがいたが、お前も潰れたいのか?」


アルトの動きはぎこちない。

今まで経験のない、相手の力を相殺し続けるという魔術の行使と、行使しながらの行動。

まるで始めた立ったかのような感覚で、それでいてふらつけば、気を抜けば、次は立てないのではという緊張感の中で尚もアルトはクロイを睨む。


「……対応、してみろよ」


クロイが腕を振ると引き寄せられる方向が変わる。

踏ん張りがきかず倒れかけ引き寄せられていくが描いた陣を通り抜けるとクロイの力を相殺して再び地面を踏みしめる。

次々と引き寄せられる方向が変わる中、必死になって陣を描いて相殺する。

攻撃に転ずることなど出来るはずもなく、ひたすら対応するので精一杯だが、それでも必死にくらいつく。


「……てかげんを…………手加減をするなっ‼」


アルトの叫びに、クロイは笑った。

瞬間今までとは違う動きが始まる。

アルトが魔術を行使するよりも早く次々と引き寄せる方向が変わっていく。

地面に叩きつけ痛みと衝撃でその後の対応を遅らせ地面を引きづるようにして壁に叩き付けた。

そして今度は拘束するのではなく引き寄せる方向を変えて、まるで坂を転がるように修練場の壁を転がっていった。

装飾もなされている壁でただ転がるだけでも攻撃足りえ、腕で防ぎながら転がっている状態ではまともに魔術など行使できない。

ぐるりと一周させると、しゃがみ込んでいたイフに向かって放った。

それと同時、不意打ちがすでにばれたことを理解したイフが地面を操作し攻撃を仕掛ける。

しかし操作した土は全て、クロイの異能によって一切動かせなくなりアルトと共に壁まで吹き飛ばされた。


「いやぁ、面白かったぜ。良く抵抗したもんだ」


笑うクロイを砂煙の奥からアルトは睨み続ける。


「まだ、まだ手加減をしていた。あなたの全力はこの程度なはずがない‼」


勝負になっていはいなかった。

それでも、あれだけすぐに片が着いたけれど、もっと一瞬で終わらせられたんじゃないのか。

弱い自分が許せない怒りで限界を超えたアルトにとって、全力を出してもらえない自分というものは、悔しく、そして腹立たしいものだった。


「全力ね…………」


呟いたクロイが地面に手の平を向ける。

人の頭ほどの大きさの岩が地面を抉るようにして引き寄せられた。

岩を天井ギリギリまで引き寄せ、異能を解除する。

クロイが落ちてくる岩を指差すと、岩は内側にめり込むようにして砕け、砂塵となった。

異能を解除したのだろう、パラパラと砂塵が地面に落ちくる横を、クロイがゆっくりとした足取りでアルトに近付く。


「周りのものを引き寄せる場所を俺は指定できるが…………」


アルトの頭をポンと叩いた。

優しく、ぎこちない笑顔。


「全力で避けようとも、お前らくらいの速度なら、俺は頭の中だって指定できる」


作り笑い。

ずっとずっと大げさに笑っていたことに気付いていた。

今の今まで演技ばかりだったことにも気付いていた。

けれど、手加減をするなと叫んだ時だけは、大げさな笑いでもなく、本当に素の反応をしていた。

それなのに今は、とても悲しそうな笑みを浮かべている。

埋まらない差を埋めようとする者を見ていて辛いとでもいうよな表情。


「……俺は勝つよ。あんたの力を盗んででも」


「ここにいる間は付き合うさ」


優しく悲しい笑みが、アルトに強さを渇望させた。

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