第83話 魔術

既に読み終えた本が山のように積み上がっている。

陣を描き消しての繰り返し。

いくら思考を巡らせども頭に浮かぶのは既存の詠唱。

だからといって奇をてらったものは使い物にならない。

新たな魔術の開発はあまりに遠い。


「………道楽」


頭を抱えるアルトにノアが声をかける。


「お前はあの魔術を何を以てして生み出した?何を以てして魔術足りえると判断した?」


道楽。

アルトが生み出した詠唱魔術。

発動後の魔術の操作を放棄する代わりに詠唱を一言にまで短縮したもの。


何を以てしてそれが可能だと思ったか?

幼い頃見た本に書いてあった。

魔術は思うものだから深く考える必要はないと。

憧れた賢者アルバの言葉。

何故可能だと思ったのか。

それは当然……。


「なんとなく、出来るような気がした」


ただの勘。

けれど、それこそ自分が憧れた男の残した言葉だった。


「そうか。ならもっと、肩の力を抜いてみてはどうかのう?」


積み上がった本の山。

描きは消してを繰り返していた陣。

深く考えすぎていた。

頭が固かった。

柔軟な思考で、思いつくままに、何せ魔術はもっと自由なのだから。


「はい。ありがとうございます」


感謝の意を告げ頭を下げると、アルトは本を片付け始めた。

不要だからではなく、心に余裕を持たせるために。


自分で辿り着かなければ意味がない。

答えを知るだけでは成長はないのだから。

記憶は消した。

だが、一度そこにあったものは記憶の片隅に残り続ける。

それが何かもわからないまま、ただなんとなく、淡い記憶が思考を引っ張っていく。

魔術の真理へと、導いてくれる。


アルトは一歩前進、次は。


「ギフト、もう少し周りに目を向けてみてはどうだ?」


グリモワールによって出現させた剣を地面に突き立て続けるギフトに声をかける。


「私は充分周りに気を配れていると思うのですが」


事実ギフトは学園一位として、生徒会長として、その称号に恥じぬよう困っている者には手を差し伸べ、誰よりも高潔で、皆の模範となるべく励んでいた。


「まだ焦りが消えておらんようだな。儂は何をしろと言った?」


新たな魔術を自由な発想で…………違う。

何か新たな魔術を思いついたら他の者とも……共有、するように…………。


「成程。グリモワールありきの魔術は他者と共有しても意味が無いですね」


「そういうことだ。それとな……もっと自由でいい」


「まだ足りて………ないですね」


自分の周りに並ぶ剣に、そこに付与された魔術に、苦笑いを浮かべた。

剣を消し去ると、ノアの方へと向き直る。


「わかりました。あなたを驚かせて見せましょう」


ノアは頷きまた別の生徒に声を掛けに行く。


「暇か、リン?」


リンは寝転がって天井を見つめていた。


「新しさはいいことなんですかねぇ?」


「行き詰まったお前が手を伸ばすに足るものではある」


拳でねじ伏せ続けてきた。

肉体強化の効果を上げる。

体術の完成度を上げる。

もっと速く、もっと強く、一つのものを極めることが大事だと思っていた。

けれど伸び悩んでいる。

もう戦い続けるくらいしか強くなる方法はないのではと思うほどに。

元々魔術を主軸とし戦いが苦手というのもあるが、一つを極めるという自由とは程遠い道を歩いてきたが故に今この瞬間も一つの魔術も浮かんでこなかった。


「それで、空を見上げて何を思う?」


「………空、飛びたいなぁって」


「そうか。それは素晴らしい。しかし、何も羽だけが空を飛ぶ方法ではないからな」


「はぁ」


生返事であったが、ノアはそれを十分と考え次へと向かう。


「戦いは嫌いか?」


「ええ、嫌いです」


イージスは攻撃を行わない。

誰も傷付けない。

ただ防ぐだけ。


「戦いが嫌い、大いに結構。だが、挑戦をしない理由にはならない」


「そうですか……そうですね。自分に出来るかはわかりませんがやってみましょう」


頷きまた別の生徒の元へと……。

ガイストは始まってからずっと地面に座り目を瞑って虚空に手を伸ばし続けている。

声をかけるに掛けられない。


………成程。

お前はそれでいい。


ガイストが何をしようとしているのか、何を目指し何に手を伸ばしているのかをのは理解し何も言う必要はないと判断した。


「アスト……」


振り返ったアストロと目が合う。

瞬間、目に激痛が走り何かに弾かれたように身体を仰け反らせる。


「今のは………儂に……儂に喧嘩を売ったのか?」


ただ睨まれただけ。

ただそれだけでアストロは畏縮した。


「………試しただけ。おじいさんとの距離がわからなかったから」


ギフトとアルトが追い付くのは至難を極めると判断した背中が、アーテルの、アルバの背を見続けた自分にとって近いものに感じていた。

測りかねていた距離を正しく測る。


「全然だめだった。心で、覚悟で負けてた。これじゃ一生かかっても追いつけない。もっと頑張ってみるよ」


「そうか。お前には、ちゃんと中身があるのだな」


「僕は僕だから」


「………そうか…………そうか。頑張れよ」


アドバイスは必要ない。

何をすべきかをよく理解している。

必要なものに必要なだけのアドバイスをし終えた。

此処から、一気に成長していく。

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