第82話 授業
「ではまず、魔術とは何かというところから始めよう」
修練場で、二人の学園長が教鞭を執る。
「魔術とは、魔力を使い狙った事象を引き起こすことを指す。禁忌とされる呪術も、結局のところは魔術の内の一種であり、魔力さえ使っていればどんな方法であっても魔術となる」
ここまでは本にも書いてあるような魔術師の常識の部分。
そしてここからが、本来では教えない魔術の本質。
「そして刻印魔術を除いた全ての魔術は、意思に魔力を乗せることで魔術を行使する」
「あの、それは少しおかしいのでは?」
文献を読み漁れば読み漁るほどに、意思で魔術を行使していた者は賢者アルバしか記録に残っていない。
他の魔術師はその域にまで達することが出来なかったと、どうやれば辿り着けるかがわからないと、あれほどの天才は二度と現れないかもしれないと、そう書かれているのである。
陣を描くことで魔術を行使する。
詠唱によって魔術を行使する。
魔力を操るのは意思かもしれないが、魔術の行使には段階を踏む必要があるのだ。
「陣に意味はない。詠唱に意味はない。この陣を描けばこの魔術を行使できる、この詠唱を行えばこの魔術を行使できる、そう思ったから魔術は発動する」
「さらに言えば領域も同じだ。心の在り方を形にするという強力な魔術を発動させやすくなるという暗示を自分に掛けているだけ」
常識が破壊されていく。
まるで逆。
凡人が作り上げたものを天才が発展させたのではない。
最初から天才が完成させていた。
凡人が憧れた天才は手の届かない場所にいて、どれほどの時間を掛けてか、ようやく伸びる陰に手が届いたのだ。
魔術が使えても、天才には憧れる。
当然の事だろう、数千年前の凡人もそうだったのだから。
「陣も、詠唱も、自己暗示に過ぎない。だが、その自己暗示無しに魔術を使えないが故に儂等は凡人なのだ。アストロ、お前は意思のみで魔術を使えるか?」
「………」
天上を見上げ手を伸ばす。
「………使えない」
「疑念が魔術の発動を遮る。信じる事こそ魔術の真理である。そういう意味では、アルトの道楽は素晴らしい。魔術の操作を手放せば単語一つで魔術を使えると信じられているのだから」
褒められている気がしない。
むしろお前は弱いとそう言われているような気がしてくる口ぶりに少し腹が立つ。
「そうさなぁ………」
突然ノアが杖を回転させる。
一瞬にして描かれた二つの陣から射出された魔弾によってアルトの胸は撃ち抜かれた。
結界は張った、しかし強度が足りなかった。
視界が暗転し意識は刈り取られる。
蘇生が終了し目を覚ます。
「先の結界、最速ではあったが全力ではなかったな」
「………………」
目を覚まして早々図星を突かれた。
「全力であれば防ぐまではいかずとも死なずには済んだのだ。それをお前は命の危機にもかかわらず全力を出さず……出せずに死んだ」
耐えられるものか耐えられないものかその判断をあの一瞬でするのは無茶だと思った。
だがそもそもこれは、死を前にして生きようと足掻かなかったことを責められているのだと遅ればせながらに気づく。
「理由は簡単。死せども蘇ることの出来る修練場と、攻撃を行ったのが蘇生魔術を使える儂であったからだ。死は終わりだというのに、無意識の内に次があると信じてしまった」
否定はできない。
「無意識の内に出来ると思ってしまう。それこそが原初の魔術。お前たちの憧れたアルバの魔術だ」
「どうすれば習得することが出来るのですか?」
「出来る者に赤ん坊のころから育ててもらう他に方法はない」
「………意味が解らないのですが」
生まれ直せとそう聞こえた気がした。
強くなるための授業、そのはずなのに強くなれないとそう言われた気がした。
「疑念があってはならない。出来ることが当然と刷り込まなければならない。物心ついたころから詠唱もせず陣も描かず意思のみで魔術を使う者を見て育って初めて使えるようになる」
「では賢者アルバの親もまたその天才だったと?」
「いいや。母は勇者で父は……まぁ似たようなものでどちらも魔術など一切使えなかった」
アルバの親は、周りにいた者は天才ではあっても魔術の天才ではなかった。
それでも魔術の才能を伸ばせた理由。
「二歳の頃、アルバは誘拐された」
この国での誘拐、それも王城からの誘拐。
計り知れない難易度だがそれを成し遂げた者がいた。
「幼い頃の記憶など元より曖昧なものだが、アルバは記憶を失った状態であの森に一人放り出された」
「放り出されたって、犯人からは何の要求も無かったのですか?」
「無かった。ただ王に問題はない、手を出すなと言われておったから、見守るだけで助けにはいかなかったがな」
「それで、幼いアルバはどうやって生き残ったのですか?」
答えはなんとなくわかる。
このタイミングでの話、当然生き残った術は魔術だ。
「アルバは紛れもない天才でな、あのころから魔力を感知していた。自分の内にあるものだけではなく、世界中を漂っている魔力すらも。幼いながらに、その天才の感性を以てして辿り着いていたのだ、魔術の真理に」
誰からも教わることをせず、一人森の中で齢二つの少年は、魔術の真理に辿り着いた。
紛れもない天才。
二歳のアルバは、この場にいる全員を既に追い抜いていた。
「王は予期していたのだ。辿り着いていない儂等では教えられないそれを、自力で、一人であるからこそ辿り着くと」
これは無理だ。
賢者アルバ、紛れもない最強の魔術師。
憧れた。
けれどこれは無理だ。
目指すのなら儂をと学園長が言うのもうなずける。
そも目指す気すら起きない程にアルバは常人とかけ離れているのだから。
「記憶喪失という方法も知識を一切合切全て消さねば、それこそ赤ん坊の様に何もない状態からアルバを見て育てばもしかすると、くらいなもの。少しでも知識があれば疑念が生まれてしまうからな」
やろうなどと思うはずがない。
それにもしやろうにも記憶を完全に消すのはなかなか難しく、消せたとしても最も重要なアルバは現在消息不明。
やろうと思っても出来ない。
「これで魔術の何たるかはある程度理解したと、そして天才との距離もまた測れたと思う」
「あの、刻印魔術の説明がされていないのですが」
「………………」
陣魔術と詠唱魔術が魔術を凡人の手の届くものへと、と作りだされたのはよく理解した。
この方法でしか自分たちは魔術を使えないこともよく理解した。
ただ、わざわざ全てのとは言わず刻印魔術を外したからにはそこには意図があるはず。
「………よくわからん」
「………?」
「刻印魔術は完全に別種。そもそも魔術なのかと疑問を呈したくなるほどに常識の埒外にあるものだ」
魔術の何たるかを教えると言っておきながら、学園長たちは口を揃えてわからないと言い出した。
「陣も詠唱も意思を一つに固めるための自己暗示だが、刻印はそもそも意思とは関係がない。誰が魔力を通しても同じ刻印であれば内容を知らずとも同じ魔術を発動させられる」
杖で空中を一度叩く。
小さな陣が一つ描かれた。
「これはこの学園で一番最初に習う炎系魔術の陣だ」
誰もが知っていて当然ともいえる基礎中の基礎。
無論ここにいる生徒たちも知っている。
「儂やお前達がこの陣を描き魔術を行使すれば炎系魔術が発動するが、この陣を水系魔術の陣だと教えられ育ってきた者がこの陣を描き魔術を行使すれば、発動するのは水系魔術となる」
話は聞いていた。
常識は崩れたが理解はできている。
わかりやすい答え合わせ。
「しかし刻印魔術は炎だ水だと教えられようと意味はない。魔力を通せば等しく同じ魔術が発動する、まったく別種の魔術である」
故に理解できない。
千年の時を生きるノアとウィル。
しかし魔術の歴史はさらに遡り六千年ほど前となる。
果たしてどの時期に陣や詠唱が必要のないものだと気付いたのか、それでも五十年やそこらではないと確信を持って言える。
なにせ二人の学園長は、二人の凡人代表は、刻印魔術という完全に新たな魔術を未だ解明できていないのだから。
「リブが言うには魔術の真理ではなく世界の真理の方が近いとのことだ」
「アルバが言うには情報を詳細に説明しているだけとのことだ」
「「正直よくわからないがな」」
刻印魔術については完全にお手上げ。
二人の天才の言葉を伝えるくらいしかできない。
「そういえば刻印と陣を組み合わせていましたよね?」
「陣に意味はないと言ったろう。最悪魔力を通さずとも陣を見ればいい。やっていることは刻印に魔力を通してそのまま陣魔術を発動させただけ。アルトがやっておる複合魔術と大して変わらん」
「……そうですか」
時間を掛けて併せられるのならまぁ難易度はそれほど高くはなさそう。
多分。
「刻印しているのはおそらく文字だが、それが如何な言語かは一切わからない。これは火や炎を表しているんだろうとか、これは水?といった具合になんとなく共通するものは予測が立てられるが、長いものになるとそこでしか使われないような文字が混ざってきて解読のしようがなくなっていく」
時間に追われながら研究する日々を思い出し頭を抱える。
国家を成り立たせるために働く者が四人だけというのはやはり少なすぎるのだ。
「やはりリブを勧誘するべきだったか?」
独り言のように呟くノアから生徒たちの方に視線を向ける。
「まぁ刻印魔術で強くなりたいのなら言語丸々の解明が必要だからあまりお勧めはしない。他の魔術は意思を形にするものだから、想像力豊かに、新たな魔術を作りだしていけばぐんぐんと力を付けられるはずだ」
ようやく熟考を終えたノアが話しを引き継ぐ。
「何か新たな魔術を思いついたら他の者とも共有するように。自分にはない発想と組み合わせにより新たな魔術となって帰ってくるかもしれないからな」
「「では新たな魔術を、自由な発想で作り上げてくれたまえ」」
二人の言葉と共に一つの魔術が発動した。
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