第67話 アーテルvsアルト 2
「それじゃあこの魔力はもらっとくぞ」
奪ったナイフを手元で遊ばせながら、アルトに煽るような笑みを向ける。
読み負けた。
単純な力比べなら、負けるはずがなかった。
子供の年齢差は大きく、身体能力で後れを取るようなことはない。
魔術師としての才能もまた勝っていて、同じ肉体強化でも身体能力の差は開くばかりだった。
そのはずなのに、技術で力を埋められた。
経験で速さを埋められた。
身体能力の差は、一朝一夕では身に付かない、単純には測れないものによって覆された。
対応し続けていたつもりが、対応させられていた。
駆け引きに、読み合いを仕掛けたつもりだった。
手のひらの上で、踊らされていただけだった。
完膚なきまでの敗北。
だが。
「私は、魔術師だ」
ナイフを六つ空に投げる。
ナイフはアーテルを囲うように停止し、陣を空中に展開した。
「魔術戦。こからが本番ということか」
放たれるは雷。
遅い攻撃は魔力へと変換されるのだから当然の攻撃。
だが、既にその速度は対応済み。
読み通りの位置に来る雷を決めていた通りに避けるだけ。
そして一言。
「この程度の攻撃、当たるわけない」
煽るだけ。
怒りで限界を超えることもあるが、殆どはその逆。
激情に駆られ、理性を失い、冷静な相手に処理されて敗北する。
戦いにおいて精神攻撃は基本だ。
ましてこれは殺し合い。
死なない殺し合いではなく、死んでも蘇る殺し合いなのだから。
視界の端に映った違和感。
雷によって焦げた地面。
遠距離から見ればこれ程綺麗に陣を描くものかと感嘆の声を上げる代物。
そして至近距離故に気付くことが出来ない陣。
だが、断片的とはいえその陣をアーテルは見た。
圧倒的な魔術知識を持つアーテルの脳内にはすでにその陣によって行使される魔術が浮かんでいる。
地を蹴りふわりと浮かび上がる。
地面は盛り上がり岩山の如く突出する。
身を翻し、突き出るその形さえ読んでいるようにアーテルは空中でその全てを避けてみせた。
流れに身をまかせ宙返りをすると、突き出た地面の頂点に手で触れる。
地面は静かに崩れ、砂となる。
着地をして笑みを作り、そして煽る。
「言ったろ、この程度ってな。そして、待つのはここまでだ」
身体から力を抜いて魔術を待つだけだったアーテルが拳を構える。
呼吸と動きを一瞬にして揃え地を蹴る。
「道楽・焔」
アルトの手の中に、火の玉が浮かぶ。
息を拭けば、たちまち炎は広がり辺りを火の海へと変える。
向かいくる炎に触れようとしたとき、普段とは違う感覚に、普段であれば魔力へと変換するだけの炎を飛び上がり避けた。
普段の炎よりも熱く、息をするだけで胸の内を焼かれるような感覚。
あぁそうか、燃えている。
これは魔術じゃない。
ただ単純に燃えているのか。
「道楽・風」
闘技場内周を下降気流が吹く。
上昇気流により炎は空へと巻き上がる。
空中で大きく動けないアーテルを追い詰めるように。
初めての感覚に逃げた。
遅かった。
間違えた。
だからこれはその代償だ。
左手を地上へ、炎へと向ける。
呼吸を整え、身体全体を巡る力を左手へと流し、放った。
衝撃波空気を揺らし、風を抑え、炎を潰し、アルトの魔術を掻き消した。
アルトが防御に徹し追撃を諦め安全となった地面へと左肩を抑えながら降りる。
左腕は全体的にひびが入ってる数度使えば折れる。
手首から先は完全に折れて使い物にならない。
ローブを左腕に巻き付け強化魔術を付与する。
手首から先が使えない以上完全に攻撃を受け流すことは出来ないものの、左腕を普通の腕程度の丈夫さには出来た。
無茶は出来ずとも、多少なりとも耐えられる。
油断はしていなかった。
だが、警戒心が足りていなかった。
全てを警戒するくらいでなくては足りない相手であった。
アーテルの中に、弱者としての自覚が足りていなかった。
これはその代償である。
あれは炎だった。
魔術などではなかった。
魔力など介在していなかった。
空気に触れ、燃えていた。
普通の炎は空気に触れ燃える。
だが魔術による炎は魔力により燃える。
熱く燃える魔力であるが故に術者は炎を操ることができ、アーテルは炎を魔力として回収することが出来る。
だがアルトが放った炎は、ただの炎であった。
炎を付けるという行為を魔術によって行っただけであり、その先には一切魔術も魔力も使っていない。
風が炎を煽ったに過ぎず、魔術でもなければ魔力も使われていない炎を、アーテルにはどうすることも出来なかった。
魔術を魔力として吸収するアーテルへの対策は簡単である。
魔術を使わず、魔力も使わなければいい。
ただ、武器や肉体強化を頼ったところでアーテルと近接戦など魔術師には無謀にもほどがる。
そして魔術、魔力を用いない遠距離攻撃はこの国には弓くらいしか存在しない。
そして弓矢程度の速度ならばアーテルは掴み取ってしまう。
他の対策としてはイフが行ったアーテルのもとに届くまでに魔術としての形を終わらせ魔力も消し去っておくというものであり、それはアーテルの身体能力を考えれば千メートル以上離れた位置、もしくは指定された舞台の外側で魔術を発動させるという高度な技術を必要とするものか、アルトが行った発動時以外に魔力を用いないというものだが、こちらに至っては発動後の操作を一切受け付けないということであり、そもそも効果が維持できるかすらわからず、手元を離れた以上暴走の危険性すら存在する。
炎の魔術は焚き火だが、手元を離れれば火事である。
故に、アーテルの対策は思いつけども実行の難易度は異常なほどに高い。
だからこそアーテルはやってのけたアルトに関心していた。
そして、驚愕していた。
アーテル対策の魔術にではない。
その魔術体系が、陣でも刻印でもなく、詠唱であったことに。
その詠唱が異常なほどに短かったことに。
詠唱魔術とは時間がかかる代わりに高い効果を持つ魔術体系である。
割に合わない魔力を込めれば短い詠唱でもある程度効果を底上げすることも出来るが全て詠唱した際の十倍以上の魔力を持っていかれるためだれもそんな真似はしない。
だから詠唱魔術の研究者たちは効果が落ちない中で出来るだけ詠唱を短くしようと躍起になる。
それをアルトは『道楽・焔』とたった二言で片付けた。
そこにこそアーテルは驚愕した。
そしてすぐにその理由も理解できた。
道楽。
趣味、脇道と言った自身の根幹を成すものとは別のもの。
故にその魔術の効果が落ちるのは仕方ないと許容し、魔力支配のもと最低限の効果を維持した、学園一の魔術師が作り上げた新たな詠唱魔術であった。
道楽が効果が落ちることを許容する魔術なら、その逆、強制的にその効果を上げる魔術もまた作ったのだろうなぁ。
あぁだが、この魔術は賭けだ。
焔、風、おそらくは属性に起因するのだろう。
その魔術は道楽で使っているに過ぎないとして効果を下げた以上この先も………いや、そんなことにはならないのだろうな。
道楽であったはずが、いつの間にかそれが一番になっていることもある。
根底にあるのは人生、移り変わる事を形とした魔術。
魔力支配無しに効果は期待できない故に時代を変えるほどのものではないが、それでも、俺はこの魔術を素晴らしいと評価する。
楽しくなってきた。
そして、未来が楽しみだ。
けれどすまない。
左腕がこんな状態ではこれ以上を見たうえで勝利することは出来そうにない。
だから、ここで終わらせる。
地面を砕くほどの力で地を蹴った。
この先を考えない捨て身の特効。
眼を見開き、全てを警戒し、姿勢を低く、最小限の動きで命を刈り取る攻撃のみに対処する。
風の刃が身体を切り裂く。
血が流れ落ちるも、今すぐ死ぬような傷ではない。
正面から炎を受ける。
呼吸をしようとしても身体が空気を吸ってはくれない。
残った空気を吐き出し前へと進む。
そしてアーテルの左手が、アルトの身体に触れる。
その瞬間、アーテルの左腕が宙を舞った。
あらゆるものを切り刻む風の防壁。
切り離された左腕、大量の血の中を流しながら、アーテルは笑う。
眼を見開き驚愕し、対応に追われたのはアルトの方であった。
完全に斬り落とすために、アルトの左腕は風の防壁の内側へと入り込んでいる。
斬り落とせどもそれは変わらず、すぐさま風に乗せ外へと運ぼうとするがもう遅い。
宙を舞う左腕は巨大な爆発を起こした。
魔術でつくられた風の流れを変え、アーテルは右手でアルトの首を掴み持ち上げる。
言葉は紡げず詠唱は行えず、魔力支配を行うだけの集中力は無く、魔力をアーテルに奪われる。
ローブは再びアーテルの身体を包み込み、奪いに奪った魔力を暴走させ、アーテルは大気を震わす巨大な爆発を起こした。
数分間残り続けた黒煙が晴れ、中から両腕を失いながら空を見上げるアーテルの姿が現れる。
生きていた痕跡すら残さない爆発の中でアーテルは自身のローブに掛けた複数の魔術を以てして耐え抜いた。
「勝者………アーテル‼」
勝者のコールの中、その光景に音が遠くなり時間を忘れ立ち尽くす者達がいた。
信じられないものを見たような。
信じたくないものを見たような。
それぞれの思いを胸に、両腕を失った黒焦げの少年に、半身を失いながらも相手を殺した少年を重ねた。
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