第66話 アーテルvsアルト 1

「表を見て驚いた。ギフトが負けた事よりも、トーカを相手に勝ったことに」


「あれを勝ちと言う気はない」


互いに笑顔。

だが、その笑みの裏では終始相手をどう倒すかと思考を巡らせ続けている。


「変わったな」


「ようやく成ったんだ。私は私の在り方を、ようやく理解したんだ」


魔力支配の質は格段に上がっている。

開始の合図である爆炎は何処までも静かで、ただ揺らめくだけの炎へと変わる。

炎はアルトの身体を覆うと、燕尾服へと変わる。

そして地を蹴り、距離を詰めた。

咄嗟に身体を逸らすも放たれた拳が頬を掠める。

身体を回転させながら距離を取る。

そして声を出して笑った。


見た、俺は見た。

炎を魔術礼装へと変質させる様を。

ようやく至ったか。

俺以外が出来ないばっかりに、誰も教えることが出来なかった魔力支配、その真髄である他者の魔術を利用し己が魔術を行使する技術。

目的ではなかった、あわよくばと思った程度だ。

だが、出来るようになって欲しかった。

一人で来たのなら、他の者も続いていく。

良かったな王様、俺の存在を黙認しておいて。


歓喜の時間は終わり、平静を取り戻す。

拳を構え、戦いに意識を向ける。

そして歓喜に流され気付かずにいた現実に驚愕する。


「そこは、俺の間合いだぞ」


最強の魔術師であるはずのアルトが、接近戦を、それも格闘戦を仕掛けてきたその現実。

魔術礼装に込められた身体強化の術式、それはアーテルと全く同じ手法である。

今此処に、二人の魔術師の格闘戦が始まった。

激しい拳のぶつかり合い。

否、肉体性能で大きく差がある今、アーテルではアルトの攻撃を防ぐことが出来ない。

故にどこまでも丁寧に攻撃を逸らす。

反撃もまた小さな隙に差し込むように繰り出す。

反撃できないタイミング、次の攻撃に備えるだけの余裕を残した攻撃、一手たりとも間違わずアーテルは対応していく。


速さも力も上か、技術だけでどうにか成り立っている現状、より早く成長した者が勝つ。

そして、伸びしろがあるのは向こうだ。

俺の技術を盗むだけで俺に勝ててしまう。

相手は冷静、なら癖を見抜いても意味は無い。

少し変えていくしかないか。


時折アーテルがアルトの腕に触れようとしながらもすぐに腕を引っ込めるようになった。

あれもダメこれもダメと、一つ一つ確認するように。


技術は拙く元の速さに頼っているところはある。

勝負勘も俺ほどよくない。

ただ、基礎を抑えている。

動きを小さく、隙を小さく、厄介この上ない。

けれど、だからこそ、読める。


常に小さな動きを心掛け、肘を伸ばしきらないようにしていたアルトの右腕を引っ張る。

咄嗟だった。

咄嗟に空いている左腕で、全力で殴ってしまった。

もう止まらない、罠だと気付いたが、もう遅かった。

最小限の動きで避けると、伸びきった左腕の方をすぐさま掴むみ、捻り、そして肘を蹴り上げる。

パキッ、という小さな音と共にアーテルが放したアルトの左腕が力なくぶらりと垂れ下がる。

上手く呼吸が出来ず、上手く声が出ない。

痛みだけが身体の中を巡り続けていて現実を突き付けてくる。

誰も殺されない国で、純粋な殺気を初めて浴びた。

死んでも蘇る国で、死を初めて恐怖した。

目の前の少年が、戦いの何たるかを、命のやり取りの何たるかを全て教えてくれた。

戦えば誰しも怪我をする。

けれど誰しもやせ我慢をして立ち上がる。

違う。

殺し合いで、この突き刺すような殺意と、静かな戦場で、やせ我慢など、気合などではどうにもならない。

痛い痛い痛い痛い。

頭の中を駆け巡るのは知らない痛みと知らない恐怖だけ。

それでも、目の前の恐怖から目を背けるのは、未知を教えてくれた少年を前に逃げるのは、もっとずっと怖かった。

歓喜の表情を見た。

天才に認められたと思った。

驚愕の表情を見た。

天才の想像を超えたと思った。

期待を裏切りたくない。

二位のままじゃいられない諦める事だけはしたくない


「治癒、いや修復か」


治癒に比べて修復は簡単。

速度を上げるならさらに難易度の差は開く。

早く治すことを重視すれば修復魔術を選択するのは当然のことだ。

ただ、修復魔術は治癒魔術とは違って痛みを伴う。

折れた骨と骨の間にある肉を潰し、裂きながら無理やりに繋がる。

激痛を伴いながら骨の修復が終わるとようやく肉を繋ぎ合わせる。

我慢、出来るんだ。


「強くなったな、アルト」


「強くなるとも。私は、国一番の魔術師を目指しているからね」


痛みで引き攣った笑みを浮かべ、震える左手でナイフを取り出す。

魔術を発動させ、ナイフを空へと放る。

再び始まる体術戦。

一瞬ナイフに視線を向けていたアーテルだが、当然の如くアルトの攻撃を捌き切る。


体術戦では勝てないと思わせるつもりだったのだが………対応しきれると考えているわけか。

まぁ、同じ手など使わないがな。


踏み込んだ足を、力強く蹴る。

ただそれだけで、アルトの脚は折れた。

体勢を崩し地面へと倒れていくアルトに追撃をしようとしたその時、ナイフがアーテルの首を掠めた。

咄嗟に避けた故、掠めただけにとどまったが、避けなければ首にナイフが突き刺さっていた。


読み通り、少し違うか。

俺がじわじわと削るのではなく決定的な一撃から一気に崩すと読んだだけ。

何から何までとはいかないだろう。

俺が足を折る事、気付けていなかったのだから。

しかし、逃がしてしまったな。


ナイフを避ける際、手を伸ばした。

体術戦で圧倒しているとはいえ自律型の魔術に対処しながらではとどめを刺せない。

アーテルの動きにもいつか対応して来る。

長い時間はかけられず、その中でナイフとアルトの両方に対処しなければならない。


実力がかけ離れてれば使ったところで大した意味は無い。

格上相手なら使ってでも勝つ。

格下、けれどかなり近しい相手なら、神眼使いたくないんだよなぁ。

それも一対一で背負うものが何もないこの状況じゃ特に。

勝ちたいけど、負けが決まったわけじゃ無い。

それに、子供の成長が第一だろ。

あーあ、ちょっとアルバに精神近付きすぎ。


踏み込んだ足、そこに近付くアーテルの足。


そりゃ、警戒するよなぁ。


しかしアーテルは蹴るのではなく、引いた。

アルトの足を引っかけ、体勢を崩す。

すかさず繰り出された拳を避け首に指先を触れる。

ため息を漏らし、軽く押しアルトを倒すと、勢いよく振り返りナイフに手を伸ばす。

軌道を変え指の間を通り抜けたナイフを見て、笑みを浮かべた。


「成程、自律型じゃないのか」


自律型は自律型だが、アルトの危機に敵対者を攻撃するように設定されているだけ、避けるような動きは出来ない。

アルトが危機に陥り身体を動かせないタイミングでだけアルトは魔術の方を優先させる。

俺がしたことのない戦術。

新たな戦い方。

凡人同士故の成長か。

何かを極めた天才が相手では辿り着けない。

上ばかり見ていたが、たまには下を見るのも良いものだな。


アーテルのローブを光が奔る。


「なっ⁉」


「使いたくは無かったさ。時間にもよるが二回までしか使えないからなぁ」


必要があれば使う。

そして必要は無いと判断した。

けれど間違いだった。

いや、体術で仕掛けてきた時点で疑いを以て全力で相手すればよかった。

まぁ、可能性を見ることが出来て大いに満足しているが、勝ちはもらってく。


付与された魔術は肉体強化。

アルトほど高性能なものではないが、技術で上をいき互角にまでもっていっている今の状況であれば戦況を完全に覆すに足る魔術であった。


この身体にはアルバのものが少し交じってる。

全力で殴ればアルトを一撃で沈められるだろうし、アルトでは反応できない速度でも動ける。

けれどそれは交じっているから出来ることであり、交じっている程度ではアーテルの肉体は耐えられない、良くて相打ちできる程度のか弱い肉体である。

元々再び転生するまでアルバの肉体には戻れないはずだったのだ。

アルバの力など使わないに決まっている。

神眼が常に発動している力は普通の眼の上位互換的ね力のみであり、特殊な力は意識することで発動する。

無論使わない選択も出来る。

なら、こっちも当然使わない。

最初から決めてたことだが、こっからはただの意地だ。


地面を踏みしめた右足を地面から離し左足で地を蹴った。

置き換わっている右足を補助に回し左足を行動の主軸とする。

アーテルの肉体強化に対応するべく、アルトは自身の肉体強化を眼球にまで掛ける。

それは普通であれば掛ける必要のない場所。

そして最も精密さを求められる場所。

普通の状態でも見ること自体は出来る。

反応も出来る。

だが、アーテルの駆け引きにまで対応できない故の特異中の特異であった。

強化魔術を掛けた眼が大量の情報を運んでくる。

それと同時に引き上げられていく思考速度。

今アルトは、天才たちの領域へと足を踏み入れた。

必死に対処するのではなく、冷静に対処する。

そのための眼をアルトは手に入れた。

ならば速度で上をいくアルトが優位とも思えたが、経験と技術によって開いた差はそう簡単に埋まらない。

力と早さで勝っていながら、その攻撃は完璧に捌かれる。

基礎はほぼ完ぺきといってもいいアルトだが、戦闘経験が圧倒的に足りていない。

感性が足りていない。

相手の体型、骨格、重心によってほんの少しだけ触れるタイミングが、力の入れ方、流し方が変わってくる。

それこそアルトが攻めきれずにいる理由であった。

そして攻めていながら攻めきれないアルトは既に、戦いの主導権を握られていた。

果たしてどこまで読んでいたのか。

攻撃を続け、アーテルの動きに対応し続けるアルトの、その成長さえも、アーテルの狙い通りである。

果たして何手先、何十手、何百手先まで読んでいたのか。

何処から罠に嵌っていたのか。

両腕を同時に叩き落された。

今まで攻撃を捌き続けていたアーテルが、攻撃に転ずる。

右足での回し蹴り。

迫る踵を防ぐ術なし。

崩れる体勢に身をまかせ、倒れるように身を低くする。

頭の上を蹴りが掠めるも、言って生き永らえた。

そして右足が地面についていないにもかかわらず、軸足無しでの左足の蹴り。

最初蹴りはフェイント、気付いた時にはもう遅い。

避けられる体勢ではない。

だが、腕はもう使える。

ならば防ぐだけである。

右腕で蹴りを防ぐが踏ん張れるような体勢ではなく吹き飛ばされる。


吹き飛んだ。

空中では基本的に無防備。

術者の危機に自律型のナイフは敵を攻撃する。

だが今の俺は肉体強化によってナイフを掴めるだけの身体能力がある。

つまりは、自律型のナイフ、止めるよな。


空中のナイフは完全無視。

アルトを狙う。

着地に問題はなく、追撃にもギリギリとはいえ対処できる。

万全とは言えないが、それでも駆けるアーテルに、迫る拳を受け流す………必要すらなく、アーテルの拳はアルトの身体に触れず、その身体を捻りながら飛び越えた。


眼まで肉体強化を掛けてる。

俺の動きが見えてるな。

そして思考も加速してる。

それって脳の強化って言ってもいいわけで、そうなると、魔術を同時に使えたりするよな。


「ナイフ、ゲットー」

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