第64話 トーカvsアルト

「いくらなんでも警戒心が強すぎるのでは無いか?」


フードの奥で幻覚に隠された顔を見据える。


「…………………」


「会話をする気もなしか。では、倒して色々と問い詰めようか。まだ何か企んでいそうだからね」


「……………………」


まるでそこにいないと思うほどに希薄だった気配が膨れ上がる。

炎が上がり戦いが始まった。

瞬時に礼装を身に纏い視界を遮る炎を吹き飛ばす。


「—————霧⁉」


炎の先には、否、闘技場全体を霧が覆っていた。

視界を遮る霧、見通すことは出来ず、霧に紛れれば見つけることもままならない。

だが一流の魔術師にそれは効かない。

見えずとも、人の身体を流れる微弱な魔力を、アルトは捉えられるほどに成長していた。


「あぁ、成程。これがアーテルが苦戦した霧か」


捉えられなかった。

霧を魔術で発生させるだけならば問題はなかった。

ただ、この霧はあまりにも魔力が込められ過ぎていた。

霧の魔力が濃すぎるためにその中に潜むトーカを見つけられない。


霧に紛れたがる者は、基本的に自信がない者だ。

だがトーカに限ってそれは無いはず。

むしろ多少傲慢だと俺は思っている。

ならばこの霧の意味は………わからないな。

相手の思い通り動くようで癪だが、しらみつぶしにしようか。


「鞭」


人差し指に弾かれるように炎が伸び闘技場内を薙ぎ払った。


やはり意味は無いか。

なら


「波」


指で雫を弾くとアルトを中心に外側へ押し出すように大量の水が出現した。


………攻めては来ないのか。


「流」


指をパチンと鳴らすと風が吹き荒れ、砂煙を巻き上げた。


はて、どういうことだろうか。

何故霧が動かない。

霧を吹き飛ばすくらいは期待していたというのに。


「では、海」


左手で放っていた三種の魔術、その残滓を右手へと移し地面に落とした。

炎上し灼熱の海が広がっていく。


はぁ、面倒だな。アーテルに教わっておけばよかった、気配の捉え方を。


「反転術式。今一度、零へと戻れ………成程そこか」


短い詠唱と作られる巨大な陣に首で光る刻印、複合魔術。

重い空気は軽くなる。

突然消えた魔力の中ならば、簡単に見つけ出せる。

簡易的な、魔力の塊をぶつけるだけの魔術とも呼べない攻撃。

それだけでも吹き飛ばす程度の威力はある。

着地と同時、霧の中に融けるように消えていった。


今のは一体、まるで身体が霧に変質するようだったが………。


痛みが思考を遮った。

腹部に刺さるナイフ。

流れる血に顔を歪める。

遊ばれている。

首か、胸か、もっと重要な、それこそ命にかかわるような場所にだって刺せたにもかかわらず、すぐには死なない場所に、簡単に対処できる位置にナイフを突き立てた。


「残照……窮追」


ナイフを抜き魔術を付与し放り投げる。

ナイフは回転すると意思を持つように霧の中へ向かう。

聞こえる足音、行使される魔術。

再び位置を掴む。


重要なのは速さと威力。


「焔、詠唱破棄。制御放棄、暴走を許容する」


炎の中で雷が弾ける。

右腕を焼きながら爆炎が放たれた。

それはアーテルが得意とする魔力暴走による爆発。

魔術的再現、否、魔術と呼ぶにはあまりにも非常識な術式の破棄による暴走。

自身の放つ炎によりただれる腕はその速さとその威力の代償。


「足音、魔力。君は素直だね。情報はまず疑うところから始めなくては」


背後から胸を刺される。


「早く治さなくては、死んでしまうよ」


胸から突き出す刃に触れ、後方へと吹き飛ばした。

霧の中から声がする。

囲うように周りから。


「好戦的だね。そんな態度を取られると、僕も楽しくなってしまう。我慢してたのにさぁ」


突然身体が痺れたように動かなくなる。

それは初めて向けられた純粋な殺意。

この国において死は意味をなさない。

死して尚蘇るから。

だからこそ殺し合いさえも正しき殺し合いではない。

殺気はただの威圧へと変わる。

いつだって気にすることなく戦ってきたそれは、殺気と比べれば児戯にも等しいものであった。

初めての殺意、初めての死の恐怖。

相手が悪かった。

アルトはまるで蛇に睨まれた蛙の様に、戦う術を持たない弱者の様に、身体が動かなくなった。


「僕は殺人鬼じゃなくてお医者さんだから、我慢が出来るんだ。内臓一つで我慢出来るんだ」


そう言うと、アルトの腹を切り裂いた。

噴き出す血を気にせず、身体の中に手を入れ、血塗れの内臓を一つ取り出す。


「これだけで、我慢するよ。早く治してね。でないと、僕の手で殺したかったと後悔してしまうから」




「これはどういたしましょうか」


「どうもこうもない。闘技場から外に出た時点でトーカの負けだ。それ以前にあのトーカは偽物。アルトの成長につながる可能性を考慮して出場を許しただけで、はじめから敗北扱いだ」


「では」


「あぁ、場外への逃走の名目で敗北としろ」


「了解いたしました」


幕の奥で勝者が決定した。




霧が晴れ、血だらけのアルトの姿が見える。

それ以外には何もない、誰もいない。


「勝者………アルト‼」


攻撃を一度も当てることが出来なかった。

手も足も出なかった。

魔術は理解できず、解明の糸口すらつかめない。

力の差?

次元が違う?

根底から間違っている?

常識から、疑うべきなのだろうか。


勝ち逃げをされた。

歓声の中で、アルトは敗者として強さを求めた。

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