第65話 アストロvsリン

「イージスの事だ、根負けしてしまうとは思っていたけど、アストロちゃんが相手でそうなるとは思わなかった。いい顔をするようになったね」


「負けられない。そう思えるようになっただけ」


「無関心だった昔と比べれば大きな成長よ。そうはいっても、負けてあげるつもりはないけどね」


炎が上がり、戦いが始める。


「———領域・箱庭」


先に仕掛けたのはリン。

炎を突き破るようにして駆け抜ける。

鍛えられた肉体を魔力が奔っている。

始めから肉体強化を使っての戦い。

戦いに興味を示さなかったが故にギフトと同等以上の力を持つと言われながら学園八位の座にいたアストロをもう、格下扱いすることなど出来なかった。


「穿て」


ただ一言。

口にした言葉がリンを襲う。

リンの足元、地面が槍の様に形を変え勢いよく突き出る。

変化に気付きすぐさま後方に飛び退くも着地地点もまた変わっていく。

身体を逸らし避けながら宙を舞った。


「貫け」


空中、アストロの言葉に従い出現した石が勢いよく鋭く伸びる。

完全な死角、背後からの攻撃にもかかわらずリンは身体を捻り肘で砕いた。


「撃ち抜け」


始めから鋭く尖った状態で出現した石で造られた矢は四方八方に並べられ空中で無理に動き大きな隙を晒しているリンを狙う。

射出と同時、リンの身体をより一層魔力が奔った。

爆発するような光と共に周囲の矢が破壊される。


「籠の鳥」


リンが着地するギリギリを狙い取り囲むように木で作られた巨大な牢屋をつくりだす。

巨大な牢屋はその大きさを小さくしていきリンの動ける場所を減らしていく。


「燃えろ」


リンを完全に閉じ込めた牢屋は辛うじて腕だけは通せる程度に空いていた隙間を埋め燃え始めた。


「落ちろ」


牢屋の上空に巨大な岩が出現し圧し潰すように落下した。

しかし牢屋の中から放たれた火柱によって巨大な岩は砕かれる。


「私はイージスの結界も砕くんだよ、この程度じゃ止まらない」


それくらい知ってる。


「爆ぜろ」


リンの近くの空間が歪む。

次の瞬間巨大な爆発が起きた。

しかしすぐさま爆炎は吹き飛ばされる。


「言っただろう、この程度じゃ止まらないと」


爆発を、拳で吹き飛ばす?

意味が解らない。

理解できない。

違う、違う、集中しろ。


「なら、僕も言うよ」


途切れた集中力を取り戻す。


大丈夫、出来る。

ここはそういう場所だ。

魔術に必要なのは意思だ。

出来ると思えば出来るもの。

止める、止められる。


「……止まれ」


拳を握り向かってくるリンへと向けて放つ言葉。

しかしリンは、拳を振り抜いた。

防いだにも拘らず宙を舞う身体、追撃の蹴りがアストロの身体を吹き飛ばす。


「今ので理解した。君の領域は意思で魔術を使うための補助だね」


力の差が見えてくると余裕が出始め口も軽くなる。

ただ、少しの違和感があった。

ギフトと並ぶと称されるアストロがこの程度なのだろうかという違和感。

潜在的には並ぶものがあり、今はまだ使いこなせていないと言われればそうなのかもしれないが、それでもどこか違和感があった。


「ねぇアストロちゃん。早く本気にならないと、負けちゃうよ」


わかってる。


まだ何かを隠している。

そう読みながら距離を詰め拳を叩きつける。


「交換」


リンとアストロの位置が変わりリンの拳は地面を砕く。

動こうとするリンだが足を地面から生える木によって縛られ動きが一瞬遅れる。


「斬」


ギリギリで脱出し避け、斬撃は頬を掠めるに留まる。

斬撃が地面とぶつかり巻き上がる砂煙に乗じリンはアストロの背後に迫った。


「円」


アストロの周囲を斬撃が凄まじい速度で円を描くように回る。

近付くリンは腕で防ぐと距離を取った。

両腕から血は流れ痛みはあるものの動きに支障をきたすほどではない。


「やっぱりなんか違う。弱くはないんだけど、違うんだよ。わかんないけどもういいかな。もう、終わらせるね」


リンが拳を構える。

ただそれだけで全身の毛が逆立つのを感じた。

死の気配。


「結界」


放たれた拳を結界が阻む。

だがしかし、生半可な結界など、護る事に特化したイージスの作り出す結界さえ砕くリンにとってあってないようなものである。

一瞬にして砕かれ、拳はアストロの芯を捉えた。

ぐらりと揺れる視界、血を吐き出し、身体は壁に激突する。


「そうか、アストロちゃん、君は人の真似をするのを止めた方がいい。向いてないから」


紛れもないイージスを真似した結界を前にリンは違和感の正体に気付く。

アストロは一度たりとも、自分を見せてはいなかった。

アーテルから受け取った魔術の知識。

アルバが行ったとされる意思による魔術。

渡された手札を使って戦い続けていた。


「気付いたはいいけど今回はもうおしまい。次の機会に見せて頂戴」


とどめを刺すべく壁に寄りかかり倒れるアストロに近付く。


「……光あれ」


眩い光が視界を遮った。

気配を手繰るようにして延ばした手は空を切る。

視界が戻ると闘技場中央、空中に立ち見下ろすアストロの姿があった。


「おじさんにもらったんだ。使いたくもなるよ」


魔力の質が変わる。

それは普段感じるものとは完全に別種、アストロだけが持ち得る天の力。


「それが、君の魔術か」


「始まりは終わりへと、終わりは始まりへと、廻り廻れ世界よ回れ。流転の果てには何も残らず、ただあるべき形さえも失った思念だけが残留する」


絶大な魔力を要する魔術、その詠唱をリンは知らない。

それはアストロのオリジナル。

特殊な生まれと、アルバとは違う弱者の立場が作り上げたアストロにしか作りだせなかった魔術。

今此処で、アストロは自分だけの魔術を完成させた。


「———領域・宇宙そら


闘技場を星空が覆う。


「———領域重複・極小世界」


地面は箱庭によって生えた木々が残り、宙には満天の星空がある。

大地と天、それはまるで世界ようであった。


「領域を、二つ⁉」


領域とはある種魔術の最奥ともいえる代物である。

なにせ領域魔術は生まれてから育つ過程で、共に成長し変化していく魔術。

心、魂の根底に存在する本能にも近い力。

故に完全に別物であると、互いに認識することが出来ない程に分かれてしまっているような多重人格でもなければ複数の領域は作りだせない。

しかしアストロは人と神の混じり物である。

相手が神などという他の生物とはかけ離れた種であったが故に魂が完全には混ざらず、一つの魂ではなく、半分ずつの魂として存在した。

アストロは始めから、一つの人格で二種の魂を持っていた。

領域・箱庭とは、アルバのように意思だけで魔術を扱うための補助、魔術師としてのアルバに憧れた少年の領域である。

アルバの母は、人とエルフの混血であり、聖剣に選ばれた勇者である。

アルバの父は、人と神の混血であり、運命を打ち破る神殺しである。

勇者も、神殺しも、魔術師ではなく異能力者。

勇者ハンス、神殺しアルバ、そのどちらも生まれとその血によって辿り着いた強さである。

だが、賢者アルバは違う。

生まれも、魂も、その血も、関係がない。

神でも、エルフでもなく、神殺しでも、勇者でもない。

人として生き、人として成長する中で手に入れたアルバの人としての力である。

故に領域箱庭とは、神の側ではなく、人の側が手にした領域。

そして新たに神の側が手にした領域・宇宙そら

それは父ゼウスに関係した力ではない。

アストロはアルバに憧れた少年なのだから。

であるならばその力は、アルバの祖父にして、アストロの曽祖父、ウラノスの力。


「僕はアルバに憧れる。神の血を引きながら、人として、魔術師として大成した男に憧れるんだ」


だから、アーテルアルバに出会った時、宙の魔術師として戦い続けていては、人としては大成できないと気付いてしまったのだ。

だから出会ってから一度も使わなかった、これからだって使いたくは無かった。

けれどこれもお前の力だと、そう言われてしまったのだ。

アルバとアストロの決定的な違い。

それは才能ではない。

自分が何者であるかを知っているか否かだ。

アルバは記憶を失い、自分が何者であるかを知らず、自分が唯の人間であると思って、神が存在することも知らずに生きてきた。

だがアストロは違う。

神の子であると、ゼウスの子であると知っている。

受け継いだ力を使えていた。

始めから、ただの人間では無いと知っていた。

無いものを有るとはいえず、有るものを無いとは言えない。

始めから、アストロの望んだ道は存在しなかった。

だが、ようやく気付いたのだ。

気付くことが出来たのだ。

アルバと自分は違うと、別人であると。

真似をしても、同じにはなれず。

憧れたからといって、同じになる必要は無いと、ようやく知ったのだ。


「星降る夜」


それは生命を根絶する滅びの流星群。

宙の果てがどこにあるのかは全くもってわからない。

何処までも続くように思える宙から、無限の星が降り注ぐ。


「これが君の本来の力。ギフトのグリモワールを前に正面から殴り合える火力と物量。並び立つと言われるわけだ」


呆れるような物言いでありながら、その眼から闘志は消えていない。

むしろその笑みは自分が挑戦者へと変わったことによる喜びに溢れていた。


「———領域・演舞」


身体を巡る魔力が、ピタリと止まった。

深い呼吸、意識は研ぎ澄まされ、始まるのは華麗なる舞。

リンの領域は攻撃を逸らし受け流すことに特化している。

何処までも静かで、何処までも美しい。

そしてこの領域は、ルクス、イージス、リンの三人の中で最も防御に適していた。

ルクスは最速のカウンターであり、魔力を異常なほどに消費する。

イージスはあらゆる攻撃を正面から受け止めるが、あまりに相手の攻撃が強すぎると貫かれてしまう。

だがリンの領域は、魔力の流れを止め、魔力は纏うだけに留め、攻撃に触れた瞬間にその衝撃を緩和させるために少量を消費するのみであり、長い時間領域を維持することができ。

逸らし受け流す領域故に、どれだけ強くとも受け流し、どれだけ速くとも逸らすだけならば可能である。

それはアストロの流星群であろうと変わらない。

どちらかの魔力が尽きるまで続く持久戦であった。

そしてその結果はわかりきったものである。

方や領域を隠していた者。

方や領域を初めて使った者。

その扱い方に差が出るのは当然であり、地面に倒れ込み、肩で大きく息をするアストロの姿は、持久戦を始めた時点で決まっていたものであった。


「………光さえも呑む暗き闇」


だがアストロは、アルバに憧れた少年は、そこで終わるような男じゃない。

流星群を逸らし続けた結果、リンの周囲はリンが立っている場所を除き消えたと言っても過言ではない程に地中深くまで吹き飛んでいた。

そして今、アストロに残された最後の魔力によってその足場も崩れ去る。

落ちるリンの身体、地中で待ち構えるのは、光さえも逃れられない宇宙の闇、ブラックホールであった。


「私の領域は静と動。逸らし受け流すのが静であり」


手刀。

リンは闇を斬った。


「魔術を断つことこそ、動である。私は体術の使い手だからね、魔術への対策は当然あるとも」


穴の底から聞こえる声に、アストロは笑顔を溢した。


「は~あ、今回は完敗だ。もう戦う魔力も、意地も残っちゃいない。もう、身も心も、全部とかされちゃった。おじさん、戦いはまた今度。もっと強くなって、リンを倒してから行くよ」


「勝者………リン‼」


敗北を認めながらも、その表情は、その心は、満ちていた。

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