第57話 修練

言霊の感覚は既に掴んでいる。

人真似はまだまだ下手だが、少しずつ何を重要視するかもわかってきた。

後は……。


扉が開く、四学年のトーナメントが終了した。

四学年主席にして最強の魔術師が帰還する。


「やぁ、修練の方はどうだアーテル」


様子を見るに優勝したらしい。

当然と言えば当然だが。


「まだそれなりですかね。一応最後の手段の用意はしてあるけど、ギフトをそこまで誘導しきるための卑怯じゃない方法を、ズル無しでの方法を手に入れなくては」


「おいおい、俺の対策はしないでいいのかよ」


「それは逆でしょう?先輩が俺の対策をするんです」


魔術師としての格が違う。

だが、魔術とは知識であり、アーテルアルバを相手に魔術を用い戦うなど手札を全て明かしたも同然であり、残されたのは奇をてらった無謀な賭けくらいなもの。

魔術ではなく戦闘という面で見ればアルトは不利であった。


「確かにそうかもしれんが、今回ばかしはそう上手くいかないぞ。俺もずっと強くなってる」


そう言うアルトの雰囲気は確かに今までとは違っていた。

今までよりもずっと好戦的で、殺気さえも漏れだしていた。


「嫌な相手に教えを乞う形になったが、それでも俺は最強の魔術師として勝利する」


「そうですか、頑張ってみてください。楽しみにしていますよ、先輩」


いつだったかアインスが言っていた。

先ばかり見ていると、足元をすくわれると。

ちゃんと警戒する。

不確定要素も織り込み済みだ。


背中を向け扉から出て行くアルトを睨む。

決して負けない、必ず勝つ。

覚悟を胸に見送った。


「はぁ、やっぱ無理だな」


魔力、立ち振る舞い、雰囲気、気迫。

アルトの成長を感じさせた。


「悪いリブ、約束は守れないや。身を削るくらいしないと勝てそうにない」


今までは仕方なくだった。

戦闘中に勝つために選択しただけ。

ただ今回は違う。

始めから自分を顧みない戦い方を行うと決めている。


見に来ていないと良いんだが、もし来ていたら、すごく怒られるな。


緩んだ頬を叩き気を引き締める。

そして、手に持つナイフで肌を切った。

流れる血を気にもせず、左腕に傷を入れていく。

ほんの数分で、アーテルは二の腕から指の先まで文字列を刻んだ。

流れる血が床に垂れる。

小さな血溜まりには目もくれず、傷付いた左腕に意識的に魔力を込める。

空間が歪み、その中心に向かって辺りの空気も魔力も、全てが吸い込まれていく。

左肩の関節を外し、骨の間にナイフを通す。

斬り落とされた左腕が、歪みの中へ吸い込まれる。

腕と共に、歪みは消えた。

後には何も残らない、ただ、何事もなかったかのように、何も変わらない修練場が戻ってくる。


「やっぱり、この方法なら魔力の少ないアーテルでも魔術が使える」


以前からこの方法は知っていた。

出来ることには気付いていた。

ただ、したことが無かった。

試した結果は上々。

魔術師らしからぬ戦い方しか出来ずにいたアーテルに、魔術師としての戦い方を可能とさせる革新的なものとなった。


魔術の痕跡はいたるところに残る。

そして、身体に直接刻印した魔術を使用した場合、それは体内にまで侵食する。

肉体そのものにさえ影響を及ぼすこの方法では、同じ魔術は使えても別の魔術が使えなくなる。

幾つも刻印できれば話は違うが刻印できる場所には限りがある。

いちいち腕を斬り落としてから治さないと、次の刻印が出来ない。

そして治癒に時間のかかる俺では、腕をまるまる治すのにはかなりの時間を要する。

とくに誰かに見られる可能性のある場所で使えるような正規の方法では。


アーテルは左腕から流れ出る血を右手で受け止め、門の横の壁に触れた。

すると壁の歯車が回りだし壁の紋様を変える。


修練場に仕掛けられた魔術は何も蘇生だけじゃない。

壁の紋様は陣であり、歯車が回ることで別の魔術の為の紋様へと変わる。

そして、これはどちらかと言えば不具合にあたるが、治癒魔術に限り血液を代償とし魔術を発動させられる。

少し面倒ではあるが、死なずに治すならこれくらいしか方法はない。

準備は整った、実験を始めよう。


アーテルの長い長い夜が始まった。

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