第56話 面倒な性格

勇者が修練場に現れて以降は、大きな問題も起こらず、食事も睡眠もとらずに数日にわたり、アーテルとトーカは修練場で戦いを続けた。

魔術師とは思えない肉弾戦。

打撃の打ち合いで強くなるのは肉体面ばかりで、魔術師からどんどんとかけ離れていくようだ。

ふとアーテルは背後に出現する陣に気付く。

突き出される拳を叩き落し、咄嗟に地面を蹴り飛び上がる。

綺麗な空中姿勢で陣から放たれた剣を掴み、トーカの背後に着地する。

着地時地面を見ていたアーテルだが、周囲の気配に剣を魔力へと変換せず握り直す。

顔を上げるアーテルの神眼に、百を超える陣が映った。


人真似をするのなら、剣技もまた真似をしろということか。

俺の知る冴え渡る剣技を持つ者……ローランやクロは論外だ。

あれを無理やりにでも真似れば俺が死ぬ。

なら、兄さん?

……いや、違う。


アーテルは構えを変える。

放たれる無数の剣を一つ一つ斬り伏せる。

肉体を最も機能させ、最小の動きで、最短の道筋を通り、襲い来る剣を斬り伏せる。


攻撃は点で行い、防御は線で行う。

それは理解した、しかし如何せん数が多い。

あぁ、全てを斬り伏せることはできないか。


アーテルはその場で宙返りをし、防御しきれない攻撃を避ける。

空中でも身体を回転させながら自身に向けて放たれる剣を叩き落す。

着地と同時、苦笑いを浮かべた。


成程、当然と言えば当然だが、防御も回避も不可能か。

なら仕方ない、甘んじて受けよう。


周囲の剣を一つ一つ斬っていくが、自身に向かい来る剣を一つ無視をした。

他の剣は防ぐが、ただ一つだけ見逃した。

剣の届く位置だった、だが、それでも防がなかった。

その剣に手を出せば、その後に続く致命傷となる攻撃を防ぐことが出来なく、間に合わなくなるから。

腹部に深々と突き刺さる黒色の剣を赤い血が伝う。


そうだったなぁ。

確か奴は、二刀流だった。


腹部に突き刺さる剣を引き抜く。

後から流れる血を、伝わる痛みを、歯を食いしばり耐え、そして無視をした。

そして放たれた無数の剣を、握られた二振りの剣で捌く。

まるで己が身体の如く自然に、そして力強く振るう。

噴き出る血には構いもしない、痛みに意識を取られればその時には死に襲われる。

最期の一振りを斬り伏せると同時、手に持つ剣を地面に勢いよく振り下ろした。

砂嵐の如き土煙で視界が通らない。

神眼により魔力の流れを視ていたトーカは、中での出来事にいち早く気付けた。

身体を倒し回避行動をとると、眼前を剣が通った。

それは紛れもない、先程トーカが使った、学園一位ギフトの持つグリモワールを模倣した魔術であった。


堕天使イザヤ、俺の肉体が壊れずに真似できる最強の剣士、ってのはアルバの肉体での話。

アーテルの、普通の人間の範疇にある肉体じゃ、俺の知る者の剣技なんて真似できっこない、か。


骨が砕け、筋肉は断裂する。

身体の内側がぐちゃぐちゃになり、崩れるように地面に倒れる。

周囲に散らばる魔術でつくられた剣から魔力を吸収し、ゆっくりと時間を掛け身体を治していく。

だが、それを中断しなければならない程の出来事が、目の前にはあった。

今までよりも大きな剣が、アーテルの真上に、胸を狙うようにした出現した。


トーカ?

戦闘は終わった。

俺の負けで終わったはずだろう。

なぜ、動けぬ俺に攻撃を続ける。


「ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁっ」


最期の力を振り絞るように叫び声をあげ、ほんの少しだけ身体を動かした。

それにより剣は心臓のすぐ横を貫くに留まった。

片方の肺は貫かれたが、即死はしていない。

そして目の前には魔力の塊、治癒は可能だ。

だが……周囲の魔力が此処で終わりでないことを告げる。

アーテルは意を決して治癒を右足に集中し剣を足で倒すと、柄を口で掴み右足の近くへ投げる。

そして靴が擦り切れて裸足と変わりなく指を自由に使えるようになった足で剣を掴むと上空に放り投げた。

これはギフトのグリモワールを模倣した魔術である。

それ即ち、剣一つ一つに魔術が刻印されているということ。

そしてアーテルは放り投げた際に剣に刻印された魔術を見てその内容を理解している。

アーテルの意思に応じ剣は空中で分かれアーテルに迫る無数の剣を同時に破壊した。


「これでいいか?」


「……あぁ、堕天使イザヤの持つ剣の片方は魔剣だ。故に二刀流という奇抜な戦い方をしている。お前にはその奇抜さが足りていなかった。だから少し意地悪をしたというわけだ」


楽しげに話すトーカにアーテルは舌打ちをした。


「ふざけたことを、さっさとこの傷治しやがれ」


「わかってるとも、なおしてあげるさ」


トーカはアーテルの額に指で触れた。

すると、アーテルが吐血し、眼を見開き叫んだ。

満足に動かない身体を地面に擦らせながら、喉が切れるほどに叫ぶ。

叫んで叫んで叫んで、身体中を奔る痛みから逃げることも出来ないまま、アーテルの身体は少しずつ直っていく。

声は掠れ、呼吸は荒くなる。

そして最後には……止まった。


「さ、直ったよ」


勢い良く体を起こし、大きく呼吸をするアーテルは、自身の胸に手を当て、再び動き始めた心臓の鼓動を確認する。


「やってくれたな、トーカ」


肉体から痛みが引いていくのを感じ立ち上がり、トーカに殺意を以て睨んだ。


「まったく、温い温い。昔のお前なら今の痛み、多少苛立つ程度で気になどしなかった。お前は弱くなっている、それは間違いない」


「肉体が変わってるんだから当然」


「心身共にだ。今のお前は何においても温い。昔のようなストイックさが、必死さがない」


トーカの指摘はどこか呆れる様だった。


「昔の俺に正しさなんざ一つたりともありはしない」


「それでも、正解が何かもわからずがむしゃらに進むことはしていた」


俺は負けた。

俺は殺された。

今もトーカに……。


「今のお前は停滞している」


「……心を殺すのはもうやめた。俺はこの人生を楽しみたいんだよ」


独り言のように、自分に言い聞かせるように、自分の本質が勝利にあることを知っているから。


「なぜ、心を殺す。殺す必要などない。お前はお前を信じてその内に眠る力を解き放てばいい」


一瞬腹が立った。

正体を明かせと言われたと思ったから。

けれど違うと理解できた。

その知識と、その才を最大限利用する。

がむしゃらに、なりふり構わず、全て出し切る。

それでもってその先は気合と根性。

懐かしの、自分が誰かも知らなかった頃の進み方。


「いいだろう。ただ、お前は出て行け。俺は一人でなきゃ無茶が出来ない」


「………いい顔だ。そんなお前なら一人残してここを出て行ってやる」


トーカは一つ剣を造り出すと、アーテルに投げつけ修練場を後にした。


……成程。

ギフトの剣、その模造品。

これを調べて対策をってところか。

しかし何というか、いろいろ考えてる奴らはなんでこうひねくれてるのか。

もう少しわかりやすく伝えるってことをしてほしいな。

報連相の重要性を……上司が優秀過ぎた弊害か?

まぁ、今は一度置いておこう。


「俺はまだまだ強くなる」


アーテルアルバは、未知の手法へと手を延ばし始めた。

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