第55話 勇者

その時門は開かれた。

そしてトーカは壁に叩き付けられる。


何の冗談だ。

なんで此奴がここにいる。

勇者ハンス、賢者アルバの兄にして最後の勇者。

その力は人以外への特効。

俺には神の血が混じってる。

相性が悪いな、素の俺でも勝てるか怪しい。

アインスか?

アインスに何か言われでもしたのか?

どっちにしろ乗り切る方法を――――――‼


腹を聖剣が貫き、トーカは地面に叩きつけられた。

廻る思考は停止し、紅く染まる視界に映るハンスへと意識を向ける。


無理だ、他の事考えながら戦える相手じゃない。


腹を切る形で貫く剣から逃れ臓物が零れぬよう抑えながら治癒を施す。

呼吸を整え神眼を用いハンスの動きを注視する。

どんな些細な動きも逃さず対処する。

先手必勝とは言うもののハンス相手では不意打ち位しなくては意味をなさない。

ハンスが治癒を待つはずもなく、トーカへと斬りかかる。

傷は治りきっておらず腹からは中身が覗いている状態だが、治癒などしていたら他の部位まで斬られることとなる。

だからといって傷を治さなければ戦いに響くのもまた当然であり、はじめから不利なこの戦いは、もはや逆転不可能。

先手必勝、先手を取ったのはハンスであった。

トーカは勝てないと理解しながらも腹の傷を無視して剣を振るう。

実力差は見えるほどのものではない。

だが、腹の傷が大きすぎる。

相性が悪くとも、喰らわなければどうということは無く、普段であれば、ハンスの動きにもついていけた。

だが、腹の傷が動くたびに痛むのだ。

痛みが、ハンスへと集中している意識を削ぐのだ。

戦えば戦うほどに開く傷口が、ハンスとの差を作り出す。


クソッ、クソッ、くそぉ。

…………あぁ、気付きたくなかったなぁ。

兄貴対決って、あぁ、負けれない理由増やしてどうするってんだよ。


「いいぜ、やってやる」


トーカはハンスに吹き飛ばされる。

すかさず追撃に動いたハンスの動きが止まった。

視界を遮る砂煙の先で、トーカの気配が膨れ上がる。

それに呼応するようにハンスもまた、構えを変え、聖剣の力を纏う。

怒ったとしても、ハンスは勇者であり、一般人に手を出せない。

そのハンスが、勇者として戦うと決めた。

それ即ち、トーカを人類に対して危険であると判断したのである。


俺の力は神のもの。

ハンスの力は勇者のもの。

神と人の力関係を覆す勇者の力とぶつかれば、負けるのはこちらか。

だが、引き下がれるはずもない。


自分の身の丈以上の大きさもある太刀を両手で構える。


「大太刀……」


俺は一度見ている。

ならば、その力を真似することも容易い。

交ざりものではあるが、交ざっているからこそということもある。


「龍神・焔」


トーカの持つ大太刀は炎を纏い空間を削るように薙ぐ。

ハンスの持つ聖剣が命の輝きを灯し軌跡を残し振るわれる。


「……トマレ」


大太刀が纏う炎が、聖剣の輝きが、消え去った。


これは、言霊?

しかし誰が……。


「一度見れば真似できる。それはお前たち双子の専売特許だと思ったか?あまり天才を舐めるなよ」


アーテル⁉

何故アーテルが言霊を。

言霊は神道、信仰によるものだ。

それを何故魔術師、が……あぁ、呪術ともとれるものだからか。

しかし、魔術の方面から再現することなど……。


その時アーテルが口を開く。


「勇者ハンス、貴方もだ。ここは学園ですよ、そう好き放題暴れられては困ります」


少し口を開いただけで、口から血が流れ、唇を赤く染める。


ほぉ、仕掛けは口内か。

魔術ではどうしようもない、それでも魔術で無理やりに再現するのなら、呪術に近付くのは当然である。

そして呪術に近付けば、同時に陰陽術もまた近くなる。

やがては我ら巫の力にも……。


別の分野にまで手を出した天才に思考を巡らせるトーカだが、自信を無視してアーテルに近付いていくハンスに意識を向ける。

アーテルの顔を両手でそっと挟むようにして触れると、額同士が当たるほど顔を近づけ、眼を覗き込む。


「……よく似ている、とても良い眼だ。けれど、アルバとは違う。すまない、似ていたものだから冷静さを失ってしまった。日を改めて、お詫びをしに来るよ」


ハンスは剣を納め修練場を後にした。


「なぁアーテル、一体何をした。お前の眼はアルバのもののはずだが?」


「言っただろう、真似は君達の専売特許では無いと」


「なるほど鏡か。それこそ俺らの専売特許だろうが」


鏡写しの瞳。

妖と契約を交わし不死となった青年あかつきほむらの眼が、蛇神との契約で真実を映す鏡となっていたはず。

俺がさっき真似て使った龍神・焔から本物でも見たか?

まぁなんにせよ、他者を想い自己に無関心な勇者相手ならよく効く手法だ。

なにせ見ていたのが自分の眼だったなんて気づいちゃいない。

あの一瞬でよく考える。

他の者には効かない以上は学園長に隠すために何かほかに考えて……。


トーカはふと上を見上げる。

神眼が修練場内を探るが見つけられなかった。


当然と言えば当然か。

今は体育祭中、学園内まで監視していられるほどの余裕はない。

……やはりハンスはアインスからの回し者、そうでなくともアインスが利用したと考えるのが妥当か?

ただ目的がわからない。

アーテルの正体をこんなところで明かすなどありえない。

ならまだ俺を殺そうとしたという方が納得できるが、それも――――――――違う。

なら………アーテルの成長を促した?

言霊、魔術とは根本的に違うためにアーテルが魔術師として落ちぶれていても使える。

ただ、魔術とは根本的に違う上、正しい方法によって使用していないために口内、喉もか、傷付けることになる。

代償を払って行う攻撃ってところか。

そして鏡写しの眼、いや、眼に関した新たな力。

なるほど、魔術とは別の方向からアーテルを強くして徐々に徐々に異物感を際立たせていくということか?

アインスの行動は読めないし、きくののように思考を真似ることもできない。

足りない頭で考えて俺が出来ること、それは結局のところ裏切る事だけだ。

俺は嘘吐きで、俺は詐欺師で、俺は裏切り者だ。

やりたいように、やるべきことをやるだけだ。

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