第58話 新たなる戦い方

ここ数日家にも帰らず修練場に籠って研鑽を積んでいたアーテルは、久しぶりに自宅へと足を運んでいた。

森の中、ポツリと経っているログハウスの扉を開く。


「ただいま、母さん」


森の中とはいえ誰かに聞かれている可能性を考え演技を行う。

しかし、扉が閉まると同時、女性は笑みを浮かべこう言った。


「おかえりなさい……アルバ」


アーテルでは無くアルバと、扉が閉まるまでは待ったが、それでも普段なら言わなかったであろう言葉。

そして何より、女性は珍しく眼鏡をかけていた。


「一応多重結界は張っているし、声も聞こえてはいないだろうが、それでも中を覗くことは可能だ。だからあまり名前は呼ばないでくれ」


「ねぇアルバ、私に何か言うことがあるんじゃない?」


「………………………………」


「心当たりもあるんだろう?」


バレている?

いや、鎌をかけているだけという可能性も………ないな。

いくらなんでも五十年以上連れ添った最愛の妻の嘘が見抜けない程俺は馬鹿じゃない。

そしてリブもまた、俺の嘘にはすぐに気づく。

だからここは………。


アーテルは静かに土下座した。


「ごめんなさい。他に方法が思いつきませんでした」


「……それは何に対しての謝罪?」


頭を下げているために見えているのは床だけだが、怒りがひしひしと伝わってきていた。

全くもって許される気配がない。


「また自分を軽んじたこと、全然帰ってこなかったこと、あとは……多分これくらいだと」


「私との共同作業」


アーテルは頭を下げたまま耳を赤くする。


「なっ、なにを想像してるんだ変態‼」


近くにあったクッションを投げつけ咳払いを一つすると、顔を隠し恥ずかしそうに言う。


「一緒に…………一緒に魔術の研究するって言ってた」


「………そう、だったな。けどそれが一番なのか?自分を大事にしろと怒ってくるのかと思っていたんだが」


思っていたほどに怒られず、怒っている理由も想像していたものとは違い、力が抜けて呆けている。


「だって、ちゃんと考えて考えてそれでも自分を傷つけないとだめだと思ったんだろう?それも、私が凄く嫌がるのを理解したうえで行動するくらい沢山悩んで決めた事なら、そんなに怒らない」


「………そう、それじゃあ作るとしようか、新たな魔術を」


立ち上がったアーテルを制止してリブは奥の部屋へと向かう。


「そのことなんだが、私に一つ考えがある」


持って来たのは、長い杖。

幾つかの魔術が刻印された杖であった。


「魔術道具を用いて戦うというのはどうだろうか」


共同制作と言いながら、もう形になっているじゃないか。

しかし、一つの杖に複数の魔術を刻印しても無駄に混ざるだけな気が……あぁ、場所によって素材が違うのか。

なら一応は複数の魔術を押し込むこともできるか。


「その杖は却下だ。アーテルはそもそも魔術の刻印が出来ない。その杖を作ることが出来ないのなら背後関係を疑われる」


「なら、こんなものはどう?」


取り出したのは三十五センチほどの短めの杖。


「これ、私が学生の頃に作ったものだから拾ったとか渡されたとか言って知らんぷりしておけば誤魔化せると思う」


「そんなものを作っていたなんて知らなかった」


「だって、お前が修練場に籠っていた頃だから」


「………そうか」


アルバは学生時代、四年程修練場から出てこなかった。

誰もその修練場へ入ることもなく、出てくることもない。

使えないから、第二修練場は作られた。


「お前が強くなろうとしている間、私も強くなろうと、お前追い越そうとしていた。新しいことに挑戦して、新しいことを簡略化して、もっと早く、もっと強くって」


がむしゃらに進み続けた日々。

ずっと先にいる者が、ついには見えないところまで行ってしまった。


「そうして作り上げた、空中に魔術を刻印する杖を」


【K】


空中に描かれた文字の意味を理解したアーテルはその効果が現れるであろう場所を叩いた。

パチンという音をさせてと手を合わせると煙が立つ。

消えた炎である。


「今のはルーン魔術だと思うんだが」


「あぁ、そうだ。私ではこの程度しかできない。刻印は、文字は、二つが限界なんだ」


「時間は確かにかかるだろうが」


「違う」


それはどこか諦めたような表情だった。

陣魔術はすぐに行使できる代わりに燃費が悪い。

詠唱魔術は時間がかかる代わりに燃費がいい。

刻印魔術は下準備に時間を掛ける代わりにその準備が終わっていれば早く、そして燃費もよい魔術。


「事前に準備を終えていられるからこそ使われている刻印魔術の準備を戦いの中で行わなければならない。それも、刻印魔術に使われる文字には一つ一つに意味がありそれを空中に刻印するのはもはや同時に魔術を行使するようなものだ」


「なるほど、同時に魔術を行使するために刻印魔術を作ったお前じゃできないと」


「あぁ。だが、お前ならできる。私が追いかけ続けて今尚追いつくことすら出来ていない天才ならばできる」


今の俺は昔とは違う。昔の十分の一の力がいいところだ。

けれど、あぁ、愛した者が言うのなら……。


「良いよ。その杖を使っての戦いを見せようじゃないか」


お前の作るものは、どれも素晴らしい作品だ。

他の誰も作れはしない、天才の逸品だ。

俺こそが、それを証明する者だ。

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